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千歳の章9

*** 「鈴懸。落ち着け。気持ちはよ~くわかるぞ。だが落ち着け」 「……」  織が母・瞳子から「話」を受けてから一週間経った、今日。碓氷の屋敷内には緊張が走っていた。屋敷の周囲は厳重な警備、使用人たちも緊張した面持ち。そして、閉ざされた、大広間の扉。 「――ただの「お見合い」だ! 結婚すると決まったわけじゃない!」 「……わかってる」  織が瞳子から受けた話――それは、有栖川の長女との「お見合い」の話だった。有栖川は日本国で最も有名な財閥の一つであり、そこの長女とのお見合いの話を受けたとなれば碓氷家が断るわけがない。織は半ば無理やりに、今日のお見合いを迎えることになったのである。 「どんな娘だ? 金持ちの娘なのだろう? しこたま太った醜女なのではないか?」 「しらねえ。見てない」 「そうか、まあ、安心するがよいぞ。織はおまえのことしか好きにはならないだろうしな!」  鈴懸と白百合は大広間の扉にへばりついて、中の様子が気になって仕方ないといった風だ。警備の者も、二人が碓氷の屋敷に住まう神様だからということで、追い払うということはしない。しかし、流石に扉を開けて中を覗くということはできず……二人はやきもきしている。  そうしてずっと扉にくっついていると。中から、物音が聞こえてきた。中にいる人間が出てくるようだ。鈴懸と白百合は慌てて飛びのいて、廊下の隅っこまで逃げていく。 「では、あとは若い二人で」  出てきたのは、織と有栖川の娘の両親だ。両親を交えての会食が終わったらしく、あとは当人の二人で過ごすのだろう。  一瞬だけ見えた大広間の中、そこには洋服で仕立てられた織と、もう一人、細身の少女。大広間から繋がる中庭へ行くところなのだろうか、丁度こちらに背を向けていて顔は見えない。 「これは運がいいぞ、鈴懸。中庭なら、ばるこにーから覗くことができる!」 「……おう」  恋敵となるのだろうか、有栖川の娘の顔を見るために。鈴懸と白百合は、急いでバルコニーへ向かっていった。

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