132 / 225

千歳の章15

*** 「えっと……千歳様は、昔から有栖川にいたんですか?」 「……違う」 「……じゃ、じゃあ……どういう経緯で」 「……契約した」 「そ、そうですか~!」  ……恐ろしいほどに話が続かない。それが、織が千歳に対して思ったことである。この逢瀬に乗り気ではないにしても、流石に何も話さないまま別れるわけにはいかない。織が気をきかせて千歳に色々と話しかけるのだが、彼は精々一言しか返事をしてくれないのだ。  無愛想にもほどがある。鈴懸と出逢ったばかりの頃も、鈴懸のことは苦手だと思っていたが……千歳のこれは鈴懸に対する苦手とは違う。非常に疲れる。元々話すのが得意ではない織にとって、これほどに一緒にいて疲れる相手はいなかった。  そもそも千歳は、咲耶のことが好きなはずだ。なぜ、ここまで話すつもりがないのだろう。織は色々と考えてみたが、浮かび上がる答えは単純。魂が同じでも、入れ物が違うから。性別も顔も性格も何もかもが違う織という人間には、千歳は全く興味を持っていないのかもしれない。暦は千歳のためにと織とふたりきりにしてくれたが、千歳にとってはありがた迷惑だったという可能性がある。  ……それならば。 「ち、千歳様……! やっぱり暦さんも呼んできましょうか。人数が多いほうが楽しいでしょう?」 「……いい」 (なんでだよ!)  もう一度、暦を呼んでこよう。そう思ったが、千歳はそれを拒否してしまった。  千歳は、あくまで織とふたりきりでいたいようである。 (ああ、もう……どうしよう。間がもたない……いつまでこうしていればいいんだろう……)  逃げることもできず、どうすることもできず。二人はほぼ無言のまま、街を歩いていた。  赤レンガの美しい、中心街。織が鈴懸以外の者と来たのは、久しぶりだった。鈴懸がついていなければ、妖怪が寄ってきてしまうからだ。こうして安全に街を闊歩できているのは、千歳もまた妖怪を遠ざけることができるほどに高貴な神であるからだろう。 「……」  千歳は、鈴懸とは全く違う。共通点といえば、一見して怖そうなところだろうか。人間とは違う髪の毛や瞳の色、鋭い目つき。しかし、中身がまるで違う。鈴懸は見かけに反して優しい男ではあったが、この千歳という彼は見た目のままの性格をしている……織はそう感じていた。他にも、違う点はたくさんある。まず、匂い。鈴懸は長年古い神社にいたということもあり、草木と花の匂いがふわりと漂っている。それに対して千歳は、ずっと有栖川の屋敷にいた影響だろう、高級感のあるお香の匂いがする。そして、服装。鈴懸は神様のわりには着物も大人しい色をしていて、化粧もしていないし装飾品もほとんどつけていない。が、千歳は白と金を基調にした派手な着物を着ており、化粧もしているし装飾品もたくさんつけている。  鈴懸の飾り気のない雰囲気に慣れてしまっている織は、きらきらと派手な千歳が隣にいると、落ち着かなくてしょうがなかった。 「えっと、……千歳様、……どこかで休みましょ――ひっ」  会話もなくひたすらに歩いて疲れてしまった織が、千歳に声をかけたとき。突然、千歳にガシリと手首を掴まれて、引っ張られた。驚いてしまった織は思わず小さく悲鳴をあげてしまう。  手首を掴むその力は強く、織は恐怖を覚えてしまった。口をぱくぱくさせながら、小さく抵抗したが……脚に力が入らなくて、そのまま引きずられていってしまう。どこへ連れて行かれるのだろう……路地裏に引きずり込まれて、強姦なんてされたらどうしよう。織は最悪の事態を予測して、ぎゅっと目を閉じる。 「……織」 「……え、」  しかし、思ったよりも早く、千歳は足を止めた。不意に名前を呼ばれて目を開けば……そこには。 「あ、あの……千歳様?」 「……どの色が、好きだ」  そこには、所狭しと並ぶ、花。  千歳が織を連れてきたのは、花屋だったのだ。  織が呆然として千歳を見上げれば、千歳がバッと目を反らす。そして――カァッと顔を赤らめた。 「……どの色が好きだと、聞いている」 「……っ、」  まさか。  まさか、この、怖いと思っていた神様。怖いのではなく……とんでもなく照れ屋で、不器用なのではないか。  織のそんな予感は、きっと、的中である。何を話せばいいのかわからないらしく、織を見つめることもできないでいた。  織が千歳のそんな様子に参ってしまいながらも「赤」と答えると、千歳は一輪の薔薇を購入した。そして、ぐっと腕を伸ばしてそれを織に押し付けてくる。織はたじたじになりながらも、薔薇を受け取って、「ありがとう」と言った。 「……」 「……、千歳、さま……?」  色白で、いつもどこか憂い顔。そんな織に添えられた、赤い薔薇。恐ろしいまでに似合っていて、千歳は織に目が釘付けになっていた。  しかし。  例えば、他の男なら言っただろう「似合っているよ」の一言が、千歳は言えなかった。慌てて目を背けて、ただ、顔を赤くする。  今までに出逢った人たちにはなかった性格の、彼。織も完全に、空気を飲まれてしまって、一緒になって照れてしまった。どうすればよいのかわからず、たまらず薔薇に唇を埋める。そうすれば、ふわりと芳しい香りが鼻孔をくすぐった。ぶっきらぼうな千歳には似合わない洒落た香りを、織はおかしく思った。

ともだちにシェアしよう!