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千歳の章16
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「千歳さまは、咲耶さんのかざぐるま、持っているんですか?」
「……かざぐるま?」
しばらく街を歩いて、二人は公園で休憩をすることになった。慣れない相手とずっと一緒にいたせいか、織はもうへとへとになってしまっていた。
ただ、千歳に対する警戒心はだいぶ薄れていた。彼は、見た目よりもずっと優しい人物だ。話が続かないことには変わりないが、気を張る必要性はなくなったのである。そこで、織は彼にひとつ気になっていたことを聞いてみた。彼が、「かざぐるま」を持っているかどうかということだ。咲耶に恋をした妖怪や神様は、咲耶からかざぐるまをもらっている。千歳もまた、かざぐるまを持っているのではないか、織はそう思ったのだ。
しかし――そんな織の予想に反し、千歳は「かざぐるま」に心当たりはないようだった。織の質問に、ぽかんと不思議そうな顔をしている。
「咲耶さんと関係を持った人が、持っているみたいなんですけど……」
「……関係」
「……要するに、体の関係というか……」
「……かっ、体!? そ、そんな、……俺はただ、咲耶のことは、見ていただけ、だから……そんな、できるわけない、……」
「あっ、なんか、ごめんなさい……」
体の関係、織がそう言った瞬間に、千歳は林檎のごとく顔を真っ赤に染め上げて、ぶるぶると顔を振った。初心な彼のことだ、そういった話に免疫がなかったのだろう。織もなぜか申し訳なくなって、つい謝ってしまう。
そして、千歳の反応を見て、織はふと気付いたのである。千歳は、はじめから織のことを「織」と認識している。他の妖怪たちとは違っているのだ。もしかしたらそれは、かざぐるまの呪いによる「異常な咲耶への執心」がなかったため、咲耶は「咲耶」、そして織は「織」と認識することができたのではないのだろうか。妖怪や神は魂で人間を判別するのだが、強烈な執心さえなければ、肉体の姿かたちの違いくらいには気付くのかもしれない。
「……きっと、咲耶は……俺の存在すら、知らない。本当に俺は、……影で、彼女を見ていただけだったんだ」
「……そう、だったんですね」
「だ、だからその……えっと、……えっと」
「?」
「だ、だから……今、織と……こうして話せているのが、……夢みたい、……だ」
ちらり、千歳が織を見つめた。そして、すぐにふいっと視線を落としてしまう。
今にも泣きそうなくらいに、顔を赤くして。唇を、震わせて。
あまりにも臆病で真っ直ぐな彼の恋心に、織まで顔を赤くしてしまった。彼の気持ちに応えられないことが申し訳なく思うくらいだ。
「千歳さまは、……その、咲耶さんと俺が別人だって、わかってるんですよね……? でも、俺でも、いいんですか?」
「……いい」
「……いい、んですか?」
「……はじめは、……咲耶と同じ魂の匂いがしたから、目で追っていただけ、だった。けど。おまえは、咲耶と顔も体も、性別も違うけれど……その。……えーっと……あの、……」
「?」
「き、……き、き……きれ、……。……な、なんでもない」
「……?」
千歳は、織と話せば話すほど、顔を赤くしていった。このまま、血が顔に昇り過ぎて爆発してしまうのではないかというくらいに。
織は、そんなあまりにもわかりやすい千歳の様子に、罪悪感が芽生え始めていた。こんなにも彼に好いてもらっているけれど、自分には好きな人がいる、と。そして、それを千歳は知らない。それを黙っていることほど、残酷なことはないのではないか――織はそう思ったのだ。たとえ、有栖川と結婚することになって、千歳と一緒になったとしても――織が鈴懸を愛しているという事実は、変わらない。
言わなければ――織はそう決心する。本当のことを話すのは怖かったが……千歳という彼を、これ以上傷つけないためにも、と、織は勇気を振り絞って言おうとした――
「……時々、……見ていたんだ。織が、竜神と一緒にいるところを」
「――へ?」
「……おまえが、あの竜神と一緒にいるときの、幸せそうな顔から――俺は、目が離せなかった」
「あの、……千歳さま、」
「……織が竜神を見ている顔が、……俺は――……」
――千歳は、知っていた。
千歳は、知っていたのだ。織が、鈴懸のことが好きだということを。
千歳が恋をしたのは――鈴懸に恋をしている織だったのだ。
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