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千歳の章18
雲が紅い光を湛え、夜も近づく刻。屋敷に帰った織は、ばたりと倒れこむようにしてベッドに横たわる。そうすれば、織が有栖川の娘と逢引をするということで気が気ではなかった鈴懸が、すぐさまそばに寄ってきた。
鈴懸はちらりと、織の枕元に寝ている薔薇の花に目を留める。そして、花びらを指先でそっと撫でると、かすかに、目を細めた。
「なんだ、あの白虎、おまえのこと大切にしてくれそうだな」
「……うん」
「……よかった、とは言わねえけど」
鈴懸がベッドに腰をかければ、ベッドはギシリときしみ音をあげる。織はちらりと鈴懸を見上げて、困ったように眉尻を下げた。
「……大切にしてくれたら、逆に、辛いよ」
「……」
織は鈴懸が指先で弄んでいる薔薇の花を見つめた。
真っ直ぐに自分を想ってくれた、千歳。あんな気持ちを向けられてしまっては、無碍になどできるわけがない。けれど、自分の気持ちが鈴懸から動かないことをわかっているから、織はどうすればいいのかわからないでいる。
「……いっそ、乱暴にされたほうが、いいななんて」
悩み、そして、苦しみ。無意識に薔薇の花へ手を伸ばす、織。ふ、と触れてみれば――チクリと刺が刺さってしまう。
指から、血が流れる。痛みは一瞬だけで、あとは血が流れてゆく熱さのみが指先に灯る。
痛みと、熱。ああ、まるで恋心のよう。
絡まる想いの糸が、織の胸を締め付ける。絡まって、ほどけなくなって、――苦しさに、窒息してしまう。
出口の見えない苦しさに、織はぎゅっと目を閉じた。仄かに香る薔薇の匂いは、織を慰めるようでいて、締めて付けていた。
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