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千歳の章24

「やっぱり男は、行動力があるに限るわ。千歳、そう思うでしょう?」  織と別れ、有栖川邸に帰った暦は、暦が帰ってくるのをそわそわと落ち着かない様子で待っていた千歳に声をかける。いきなり脈絡のないことを言われ、きょとんとする千歳、その隣に腰掛けて、暦はふっと笑う。 「私ねえ、織さまがいつまでももだもだしているから、発破かけてきちゃった。あの方、自分がどうしたいのかはっきり言わないんですもの」 「……織は、優しいから……はっきりと言いたいことが言えないんだ」 「はっきりと言わないであとから後悔されても、私が困るの。私と結婚したいのしたくないの、どっちなの! って胸ぐらつかんで問いただしてくればよかったかしら」 「そ、それはやりすぎだ」  腕を組みながらそんなことを言う暦を見て、千歳はため息をつく。  千歳は、昔から、暦の気位が高いところを知っていた。そして、やたらと気が強いところも。自分が一番であると信じて疑わないし、時には男遊びをするなんていう奔放な部分もある。見ていてはらはらとしてしまうような彼女に、いつも千歳はヒヤヒヤとさせられていた。 「……ところで千歳、貴方はどうなの?」 「……俺か?」 「そうよ。未だに告白もしていないんでしょう?」 「……だって、織は、竜神のことが、好きだ」 「……諦めるの?」  暦は、気が強い故に遠慮無く言いたいことを言ってくる。それにも、千歳は参っていたりした。言葉にし辛いこと、整理できていないこと……そんなことでも、暦は平気で聞いてくる。今日もまた、暦はいつものように、ズバッと音を立てて尖すぎる問を千歳に投げかける。 「……君は、俺を応援しているのか、していないのか、どっちなんだ」 「? どうしてそんなことを聞くの?」 「だって……織には、婚約を破棄するように勧めたんだろう。それはつまり……竜神と、……その、一緒になるように、したってことだろう。けれど、それなのに君は、まるで俺に織への気持ちを諦めるなみたいなことを言う」 「……それが、私が、貴方を応援していないように見えるってこと?」 「ああ……」 「……へえ」  暦は千歳の返事を聞くなり、すっと目を細めて千歳を見上げてきた。相変わらず、底の読めない瞳に、千歳はウッと息が詰まるのを覚える。千歳は長い歳月を生きてきて、こんなに心の読めない人間は、初めてだった。 「お互いに、本当の気持ちをぶつけあって欲しいなあって思っているんだけど、それは、余計なお世話だった?」 「……?」 「だって……もしも織さまが、鈴懸さまへの気持ちを隠したまま貴方と恋人になったりしたら……それは、貴方を侮辱していることになるわ。私は、それが、嫌。貴方は貴方で、きっと今が一番織さまと話すことができる機会なのに、何も話さなくてもいいのかなあって、それが気になって」 「……俺は、……見ているだけで、……いいんだ」 「……べつに、……貴方がそれでいいなら、私はそれでいいんだけど……」  やはり、暦の言葉は、いやに心に突き刺さる。千歳は居心地が悪くなって、暦から目を逸らした。  ずっとずっと長い間大切にしてきた、織、そして咲耶への恋心。それを、もしもここで本人に吐き出してしまって、砕いてしまったら……自分がどうなってしまうのか。千歳はそれを考えただけで、恐ろしくなった。織が違う誰かに恋をしているのなら、それでいい。その美しい横顔に、恋をする――それだけで十分。この恋心を本人の口から拒絶される、それは何よりの絶望だ、千歳にはそう思えたのだった。  けれど、今――暦を介して接点を持っているこの時だけが、織に想いを伝えることのできる貴重な機会。この時を逃し、永遠に彼に想いを伝えられなかったら……それはそれで、後悔してしまうような気がする。  千歳は悩んだ。臆病な恋情に、心臓を燃やされそうになった。 「千歳……貴方には選択肢があるのよ。私と違って、伝えるっていう選択肢が、あるの。もちろん、私と同じように、言わないっていう選択肢もあるけどね」  そんな千歳を、暦が見つめる。  そんな暦の切なげな視線に、千歳が気付くことはなかった。

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