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千歳の章33

「なんだ、有栖川の娘と結婚しないのか!」  有栖川との縁談は、破棄された。それを伝えれば、鈴懸も白百合も驚いたようである。鈴懸と白百合の感覚では、貴族同士で取り付けた縁談が当人たちの我儘によってないものにされた……というものなのだろう。  織が事情を説明すれば、二人はようやく納得したようで気の抜けたような顔をし始めた。鈴懸は特に、だ。破談は不可能だろうと半ば諦めきっていたためか、いざそれが現実となっても夢心地のようだ。 「よかったではないか、織。鈴懸と夫婦になれるぞ」 「ふっ……、……というより、白百合さまは有栖川との縁談賛成派じゃありませんでしたか?」 「……そうだったか?」 「そうですよ。断るつもりもないなら結婚してしまえって」 「言葉の通りじゃないか。無理を承知で破談を取り付けるくらいに鈴懸のことを好きじゃないなら、鈴懸と結ばれる必要なんてないのだ。なあなあに定められた運命に流される程度の覚悟の恋愛など、妾は応援しない」 「……、」  以前より「有栖川の娘と結婚してしまえ」と発破をかけてきていた白百合といえば。織の予想に反して、また鈴懸と恋仲に戻れることを祝福してきた。どうやら白百合は、「鈴懸と一緒になりたい」と親に説得しにいくくらいに鈴懸のことが好きじゃないのなら、鈴懸と結ばれなくてもいいじゃないか……そう思っていたらしい。結局は織のことを想って織のことを煽っていたのだ。  それを悟った織は、途端に白百合の想いに深い感謝の念を覚えた。嫌味を言ってきたり、人を小馬鹿にしてきたり……そう見える白百合の行動は、相手の心の奥を深く読んだ末の行動なのだ。 「白百合さま、本当は優しいですよね。ツンツンしてますけど」 「ほう、妾が優しく見えるか? 妾は半邪神ぞ?」 「鈴懸と俺のこと、見守ってくれてありがとうございます」 「……ふんっ、感謝を言われる謂れはないわ! 鈴懸に構ってやったらどうだ? こいつ、当事者のくせにボケッとしておるぞ!」  織が感謝の言葉を述べれば、白百合は顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。ちらちらと見えるしっぽがゆらゆらと揺れていて、織は笑いそうになってしまう。 「……ってことなんだけど……鈴懸。俺たち、」 「し、織!」 「え?」 「結婚してくれ!」 「え?」  織は白百合に促された勢いで、鈴懸に話を振ってみた。しかし、鈴懸は気が動転していたようである。押さえ込んでいた織への想いが一気に爆発して、突拍子もない求婚をしてきた。  流石に織もたじたじとしてしまって、言葉に詰まってしまう。もちろん鈴懸からの求婚は嬉しいのだが……。 「もう俺達を邪魔する者はいない! 織、結婚しよう!」 「ま、待って鈴懸……まずは鈴懸の力を元に戻さないと……」 「俺の力はいつ元に戻るんだ!」 「俺は知らないよ~!」  鈴懸は勢い余って、ぎゅっと織に食いかかるようにして抱きついた。織は自分よりも背の高い鈴懸からの勢いの良い抱擁を受け止めきれず、散歩ほど後退してふらりとよろめいて、ようやく鈴懸を抱きしめ返すことができた。  嬉しさのあまり我を失っている鈴懸であるが、織も無事に鈴懸と恋人に戻れることが嬉しいというのには変わりない。大型犬のようにじゃれついてくる鈴懸を窘めながらも、織も喜びをこらえきれずにいた。  この縁談は、織の勘違いとは裏腹に、断ろうという意思があれば断れるものだった。しかし、それは織が両親との軋轢の恐怖に怯むことなく、両親に破談を要求しなければ叶わなかったことだ。きっと――昔までの自分なら、このまま有栖川との縁談を断れなかっただろう……そう織は思い返し、なんとなく、自分の中に大きな変化が生まれている、と感じた。その変化がまた愛おしく、そして更に鈴懸への愛も深まり。織は鈴懸を抱きしめながら、染み染みと、改めて鈴懸との出逢いに深く感謝したのである。 「ふむ、鈴懸、さっさと力を元に戻すがよい」 「だからそれをどうやるんだ! もう織はこれ以上ないくらい俺のことが好きだぞ!」    改めて愛しあうことを許された二人。そんな二人を祝福するように……それでいて、別の気持ちを抱いているように見つめる白百合。しかし、やがてふっと笑って、静かに二人のもとを去っていった。

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