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白百合の章3

「そういった服装も素敵ですね、白百合さま」 「ふふん、そうであろう。もとより可憐な妾がより一層麗しくなっただろう?」  流行りのミモレの袴を穿いてひらりひらりと舞うように街を闊歩する白百合。普段身につけている着物よりもハイカラな服装は、意外にも白百合によく似合っていた。そんな彼女をみて微笑ましそうに笑うのは、織だ。  ことのきっかけは、白百合の現代の人間の街に出てみたいという発言から始まった。白百合はずっと屋敷に封印されていたため、最近の人間の街の様子を知らない。そのため、人間の街に興味を持っていたらしい。本来ならば詠が付き添うところであったが、ちょうど詠は用事があって外に出ることができなかったため、代わりに織が付き添うことになったのである。  白百合は東京の街並みが近代化してから初めて来るということだったため、詠に流行りの服を仕立ててもらったらしい。いつもとは違った、華やかな服装に白百合もはしゃいでいるようだった。 「織、そなたは街へ来たら何をするのだ?」 「うーん……俺もあんまり街には来ていないからなあ。ほら、妖怪が襲ってくるので」 「ああ、そうだったな。でも、もう襲ってこないだろう。こうして街に出ても、そなたに変な目を向ける妖怪は特に見当たらない」 「……かざぐるまを持っている妖怪は、もういないんでしたっけ?」  織がこうして白百合と共に街に出ることになったのには、理由がある。  織と鈴懸は、咲耶のかざぐるまを持つ妖怪たちをずいぶんと鎮めてきた。白百合の持つ情報を頼りに、長い時間をかけることにはなったが、かざぐるまを持つ全ての大妖怪のもとを尋ねてきたのである。初めの頃、白百合が言った情報が正しければ、かざぐるまを持つ大妖怪を鎮めれば呪いは解けるという。つまり――もう、咲耶の呪いは解けたはずだった。織は、鈴懸の側を離れて街を歩き、本当に呪いが解けているのかを確かめたかったのである。   「一応妾は咲耶の呪いについては詳しいと思うぞ。知っている限りの情報はすべてそなた達に伝えた。かざぐるまを持っている妖怪はもういないはずだが……」 「そう……ですか」 「……何か腑に落ちないのか」  たしかに、以前のように妖怪が襲ってくることはない。しかし、咲耶の呪いが解けたのかと問われれば――織は頷かないだろう。  白百合に問われ、織は難しい顔をして視線を落とす。 「……突然、堕ちるように気分が鬱屈とすることがあるんです。意識が飛ぶわけではないけれど、急に頭が真っ白になってなにも考えられなくなって、黒いものが胸のなかにぶわっと広がっていく感じ」 「……? それが呪いの影響だとでも?」 「いや、わからないですけど……呪いが解けたにしては全然すっきりしないというか、得体の知れない不快感がずっとあるというか」  織は、まだ呪いは解けていないのではないかと疑っていた。かざぐるまを持つ妖怪たちを確かに鎮めてきたのだが、それでもまだ体内に呪いが残っているような感覚がある。  織の言葉を聞いた白百合は、訝しげに眉を顰めた。何故織がそのような状態になっているのか、全く検討もつかなかったのだ。 「……まだ、解けていないのか? しかし、妾はもう、かざぐるまを持っている妖怪は知らないぞ」 「調べる方法ってないんですか?」 「知らぬ。そもそも、呪いというのはそなたにかけられているのではなく、かざぐるまを持っている妖怪にかけられているのだぞ。咲耶のことを永遠に忘れられない呪いが妖怪にかかっているから、咲耶の生まれ変わりであるそなたが襲われる、そういうものではなかったのか」 「そ、それはそうですけど」 「もし、そなたが不快感を感じるというのが呪いによるものだとしたら、きっと近くに呪いをかけられている妖怪がいるのだ。そして、その妖怪から放たれる強い執心が、そなたのことを不快にさせているんだろう」 「近くに……」  織が呪いを感じる原因というものが白百合にはわからなかったが、おそらく答えになるであろう推測をしてみる。きっと、白百合が知らない、かざぐるまを持った妖怪が織のすぐ側にいるのだ。  すっきりしないという顔をしている織の背を、白百合がぽんぽんと叩く。せっかく街に来たのに、そんな顔をするなと白百合なりの気遣いであった。

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