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白百合の章6
「白百合さまは、こういう喫茶店には来たことあるんですか?」
「いいや。妾は人間の店には滅多に入らないからな」
「そうなんですね。私も……あんまりなくて。お友達が少ないから、こういった店にはこないんですよ」
喫茶店にて、白百合と暦は二人でお茶を嗜んでいた。二人とも、喫茶店には慣れていないのか、そわそわと落ち着かない様子だ。
白百合は、そもそも人間の街にほとんどこないため、喫茶店も当然のように初めてであった。しかし、初めてなのは白百合だけでなく、暦もそうだったらしい。暦は、非常に高等な教育方針にて育てられており、遊ぶ暇もほとんど与えられていなかった。そのため、同年代の友人は極めて少なく、ともに休日を過ごす相手がいないに等しかったのである。そんなこともあってか――暦は、白百合を前にして、にこにこと嬉しそうにしていた。
「なんでもお話しできる相手なんて、千歳と、もう死んでしまった幼馴染しかいませんでした。だから、私……今、とても楽しい」
「……幼馴染が、死んだのか?」
「……はい。私の、唯一の親友でした。いろんなことをして遊んでいたんですけど……重い病気になって、亡くなってしまいました。その子は、私にとって……世界のすべてだったから、その子が死んで私は途方にくれていました」
「……そうか。今のおまえが気高いから、そんな過去があるとは思ってもいなかった」
「あは、そう見えますか? しばらくはとても落ち込んでいたんですけどね。でも、その子の分まで生きなくちゃって。そう思ったら、落ち込んでばかりもいられなくて。がんばっているんですよ、私。ふふ、なかなか息抜きできないので、こういう時間が楽しくてしかたないんです」
楽しそうに、しかし少し寂しそうに話す暦を見て、白百合はちくりと心臓が痛むのを感じた。
――暦の境遇は、少しだけ、白百合と似ていた。過去に友人を亡くした、白百合と。
「……妾も友人を亡くしている。けれど、妾は其方とは少し違うのだ。唯一の友人を亡くした今、心のよりどころがなくてな」
「私も……心のよりどころがあるというわけではないですよ?」
「いいや。其方は、生きるために――自分の生きる意味を模索しているのだろう。有栖川の嫡女として立派に生きることが、其方にとってのよりどころ……そうなのではないか?」
「……それがよりどころとなるのなら、白百合さまにもあるのではないですか? 白百合さまもこうして生きているのですから」
「……。そういえば、織たち、遅くないか?」
「えっ! た、たしかに! 話し込んでいてすっかり忘れていましたわ!」
ふ、と白百合が立ち上がり、建物の外を眺めるようにして背伸びをした。白百合の言葉にようやく織と千歳の存在を思い出した暦は、ぎょっとしたように固まっている。もう、店内に入って30分は優に超えている。あの入り口にあった人込みをくぐってくるにしても時間がかかりすぎではないだろうか。
「わ、私を置いてどこかへ行くなんて……きっと千歳になにかあったんです……! 探しに行きましょう、白百合さま!」
「ああ」
会計を済ませ、二人は飛び出すように外へ出て行った。
暦は走る白百合の背中を見て思う。――先ほど、意図的に話を逸らされた、聞いてはいけないことを聞いてしまったかもしれない、と。
(せっかく……お友達になれると思ったのだけれど……まだ、私には話せないことなのね)
心への侵入を拒絶するかのような、白百合の後ろ姿。暦はそんな彼女を見て、少しだけ、寂しく思った。
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