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白百合の章7
「まったく……あの男二人は可憐な女二人を置いてどこへ行ったというのだ」
「大変なことに巻き込まれていないといいのですが……」
喫茶店から出た白百合と暦は、織と千歳の捜索を開始する。……とは言っても、二人の捜索は開始する前から難航することが容易に予想できた。妖力を持たない織は、遠く離れたところから気配を感じ取るのが難しい。対して千歳は強力な妖力を持っているが、人間たちに紛れてもいいように妖力を隠している。二人とも、どこにいるのか、気配を感じとることが困難なのである。
さらに、白百合と暦は街に慣れていない。土地勘のない街で、手掛かりのない人物を探すのは、非常に難しい。行方を失った二人を探そうと慌てて喫茶店を出てきた二人であったが、どうすればいいのか途方に暮れてしまった。
「む……」
とりあえず人の多いところに二人はいなそうだと考えた白百合は、一旦街を出てみようと提案した。そうして二人は喫茶店から離れようとしたのだが……妙に騒がしいのに気付き、声が聞こえる方へ視線を遣る。
「……なんだあいつは。人間か?」
「なんだか……浮世離れしていますね」
白百合と暦の視線の先には――女性たちに囲まれた、美青年。そう――吾亦紅である。吾亦紅はやれやれといった顔をしながら街を闊歩していて、適当に女性たちをあしらっていた。あまりにも人間離れした美しい容姿に、白百合は唖然としていたのだが――やがて、吾亦紅のほうが白百合と暦に気付いたのか、二人のもとへ寄ってきた。
「一日で二人の神様に会うなんて。今日の僕はついているのかな?」
「……二人? おまえ、まさか千歳を知っているのか?」
「ああ。どこかへ行ってしまったけれど」
「そうか……」
吾亦紅は周囲の女性を追い払うと、にこやかに白百合に話しかけてきた。吾亦紅は逃げた千歳と織を追うことはあきらめたようで、また街中へ戻ってきたのである。
白百合は織と千歳の手掛かりがつかめるかもしれないという期待をあっさりと裏切られてしまったからか、露骨にがっかりとしてみせた。はあ、とため息をつきながら、じとっと吾亦紅を見上げる。
「……おまえ、人間じゃないな。なんだ、貴様は」
「僕のことを知らない? 僕は吾亦紅。地獄の使いだよ」
「……ほう? 地獄の使い。人間の罪を記録している鬼だろう? そうか、新しい者に変わったのだな。妾は長い間封印されていたから、昔の鬼のことしか知らぬのだ。すまんな」
「……僕の前の人のこと、覚えているんだ」
「ああ、この地区はたしか――櫨 が担当していたんだったな。よく覚えているぞ。櫨は元気か?」
「……櫨は亡くなったよ。もう、ずいぶん昔のことだけど」
「……なんと、……そうだったのか」
閻魔大王の手下――通称・地獄の使い。彼らは、地区ごとに担当分けをしており、担当となった地区の人間たちを記録している。白百合たちが住んでいる地区は昔は櫨という者が担当していたが、白百合が封印されている間に吾亦紅へと担当が変更になったようである。
「担当が変わるなど、あまりないだろう。おまえも、苦労しただろう?」
「……そうだね。櫨が担当していた間の記録は、僕はあまり知らないんだ。だから――そうだな、僕は、白百合のことをほとんど知らない。僕が君のことを知っているのは、櫨が死んでから――君が、咲耶を殺すまでの間。それから、君が封印を解かれてから。それしか知らない」
「……、なんでも知っているのだな」
「なんでもは知らないよ? 断片的な情報しか知らない。特に櫨が死んでから咲耶が殺されるまでは短かったからね。なぜ君が咲耶を殺したのか、よくわからないんだ」
「……殺しの理由など、おまえは知らなくてもいいだろう? ただ、事実さえ知っていれば」
「そのとおりだけど」
白百合はあまり触れられたくない過去に触れられ、むっと顔を顰めた。吾亦紅もいじわるを言うつもりはなかったのか、白百合の表情を見てその話を切り上げてしまう。
「まあ――僕もはやいうちに死ぬだろうから、また、担当は変わるよ。それまでよろしくね、白百合。それから暦」
「……なぬ?」
吾亦紅はにこっと微笑むと、そのまま白百合と暦を横切ってどこかへ行ってしまった。最後に彼が言ったことの意味がわからなかった白百合は、訝し気に眉を顰めている。
鬼は病気にかかることがほとんどない。そして、寿命が恐ろしく長いため、まだ若い吾亦紅が寿命で死ぬということもありえない。それなのに、なぜ彼は自分の死期を悟っているのか――それが、わからなかった。
「白百合さま」
「なんだ」
じっと吾亦紅の後ろ姿を見ている白百合に、暦が遠慮がちに声をかける。しかし――黙り込んで、何も言葉を発しようとはしない。
(……吾亦紅さんも、白百合さまと同じように……哀しい顔をしていた)
「……いえ、なんでもないです」
首をかしげる白百合に、暦は困ったように微笑みかける。
街は、何事もなかったようにまた、楽しそうな人間たちで埋まっていた。
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