164 / 225
白百合の章8
「な、なにがあったんだ……!?」
千歳が織を乗せ、碓氷の屋敷まで飛んで帰れば、ただならぬ様子の二人に驚いたのか鈴懸が慌てて出てきた。
白百合と一緒に街へ行ったはずの織が、なぜか傷を負った千歳に乗せられて帰ってきた。しかも、千歳も織も焦った様子である。てっきり白百合と楽し気に帰ってくるものだとばかり思っていた鈴懸は、突然のことに状況をうまく把握できないでいた。
「……吾亦紅に、襲われた。なんでも、咲耶の魂が疎いだの言ってたが」
「……吾亦紅?」
「なんだ、知らないのか? 今、この地域を担当している地獄の使いだぞ」
千歳は織を背から下ろし、再び人型の姿に戻る。織も鈴懸も、千歳の肩の傷が気になって仕方ないようだったが、見た目よりも深くない傷はさして痛みはないのか、千歳の顔色もそう悪くはない。
「この地区の担当は、櫨じゃなかったか? 俺が眠っている間に、その吾亦紅とかいうのに変わったのか」
「櫨は死んだ。罪を犯して、極刑になったぞ。今は吾亦紅という若い鬼が担当だ」
「……罪? 人の好さそうな男だったと思ったけどな。はあ、それでなんでその吾亦紅が咲耶の魂を疎んでいるんだ」
「それは吾亦紅に聞け。俺は何も聞いていない。突然襲われたから、織を連れて逃げてきたんだ」
千歳は何も知らない鈴懸に、吾亦紅について教えてくれた。
この地区の元々の担当は、櫨という鬼だった。しかし、櫨がとある罪を犯し、極刑となり死んでしまった。その代わりに、吾亦紅がこの地区の担当となった。吾亦紅は、非常に力の強い鬼である。そして、冷徹な鬼だ。以前の櫨は温厚な人柄で親しみやすかったが、吾亦紅はその対にあるような――そんな鬼である。
鈴懸は吾亦紅という鬼について話を聞きながら、ますます疑問を深めていった。なぜ――そんな鬼が、咲耶の魂を狙うのか。もしかして……かざぐるまと関係があるのだろうか。
「吾亦紅が、咲耶に惚れている様子とかはあったか?」
「まさか。出逢って突然斬りかかってきたヤツだぞ。痴情のもつれにしてもおかしいだろう」
「……うーん」
かざぐるまはほとんど浄化させたはずなのに、呪いが解けていない。鈴懸は、何か咲耶にまつわる情報が少しでも手に入ればと吾亦紅について色々と千歳に問いただした。しかし、千歳も知っているのはどこかで聞いた噂話程度だったので、鈴懸が期待するような情報を与えることはできない。
吾亦紅は恐ろしく強い鬼だ。実際に会ってしまえば、今度こそ織の命がないかもしれない。いくらかざぐるまの情報が欲しいといっても、吾亦紅に会うのは得策ではないだろう。
結局、織の解呪について進展は見られなかった。鈴懸は気を落としたが、なにより織が吾亦紅に襲われておきながら無事に帰宅したことを喜んだ。
「まあ……俺も咲耶のことについてはできる限り調べてみよう。ただ、おまえは織のそばを離れるな。いつ吾亦紅が襲ってくるかわからない」
「……ああ。千歳、織を守ってくれて本当にありがとう」
千歳は鈴懸に織を預けると、そのまま碓氷の屋敷を出て行ってしまった。
鈴懸も織は彼の背中を見送りながら、身を挺して守ってくれたことを心から感謝していた。
ともだちにシェアしよう!