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白百合の章9

「迂闊だった~! 織のところに神様がついているなんて~!」 「……予想はできただろう。咲耶の魂を持っている人間だぞ。妖怪の類が寄ってきているなんておかしなことではない」  ごろごろと横になってふてくされる吾亦紅の横でため息をついているのは玉桂だ。玉桂は吾亦紅に見向きもせずに、酒に口をつけている。その目には若干の不機嫌の色が浮かんでいた。 ……当然である。一人で静かに過ごしたい夜に、こうして吾亦紅が押しかけてきているのだから。 「……なんだ、織についていた神様っていうのは、鈴懸のことか?」 「違う、白虎だ。鈴懸? っていうのは知らないかな」 「ほう……白虎。また珍しいのがついたものだ」 「……僕の知らないような神様は特にどうでもいいんだけど……白虎はね、あんまりちょっかいかけられなくて」  吾亦紅はうーんと唇をとがらせながら頭をかく。  神様は、その土地を護っている大切な存在だ。そういった存在を殺してしまえば、土地の加護がなくなってしまう。そのため、神様を殺してしまうというのはご法度だ。  吾亦紅は、口では千歳に「逆らえば極刑」と言ってみたものの、それはただの脅し文句にすぎなかった。実際は、千歳を殺してしまってはいけない。千歳に邪魔をされるというのは、吾亦紅にとって不都合が多すぎた。  鈴懸を、吾亦紅は知らなかった。ただ、吾亦紅が知らないということは、その神様は長い間眠っていたということ。もう、その土地に加護はなくなっていて、その神様が一人死んでしまったところで大きな影響はない。そのため、吾亦紅は鈴懸を手にかけることはできるが――どうしても千歳の存在がやっかいだった。 「っていうか、旦那。怒らないんだね。大切な咲耶が殺されようとしているのに」 「……鈴懸が私に約束したからな。あいつを幸せにすると。あいつはおまえに殺されたりなんかしないよ」 「ふうん。その鈴懸ってやつの顔も拝んでくればよかったかな。旦那にそこまで信頼を寄せられるとは」  吾亦紅は玉桂の顔を下から覗き込みながらにこにこと笑っている。  吾亦紅の人の心を覗くような、闇を孕んだような瞳が、玉桂は苦手だった。玉桂は吾亦紅から目をそらし、舌打ちを打つ。 「……それよりも、貴様、なぜまた私のところに来た。自分の家に帰れ」 「やだね。地獄は血なまぐさくて息苦しい。旦那の屋敷の方が空気が澄んでいて綺麗だ。お酒もおいしいし」 「私の迷惑も考えろ……」 「今日は旦那の屋敷に泊まっていこ~っと。旦那、僕にわるいことしてもいいよ?」 「客間を用意してやろう、私は一人で寝る」 「旦那のいけず~」  吾亦紅は体を起こし、玉桂から酒瓶を奪うと、自分のお猪口に注ぎくっと一気に飲み干した。唇の端に、酒の雫が伝う。吾亦紅はそれを手の甲で拭って、ぼんやりと月を見上げた。

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