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白百合の章36

「まだそう腹は大きくなっていないように見えるが、苦しそうだな。大丈夫か、吾亦紅」 「……うん。みんな、よくしてくれるし。大丈夫。きっと、この子を産んでみせるから」 「そうは言ってもな……毎日おまえの着ている着物は汗で重くなっているらしいし、時には気を失っているときもあるなんて聞くぞ。もう少し、櫨にわがままを言ってみたらどうだ」 「うん……」  玉桂は僕を見るたびに、不安を覚えるようだった。  先日、久々に櫨と会うことができたが、また僕は彼と会えない日々をすごしていた。櫨と会った直後の数日は体調が回復したが、また会えなくなって体調の悪さは逆戻り。ほとんど寝たきりの僕を見て、玉桂は大層心配しているようだ。  けれど、僕はやはり櫨にわがままを言うことができなかった。玉桂もそれをわかっているのか、諦めたようにため息をついている。 「……吾亦紅。今日だけ、薬を煎じてやろう。体が楽になると思う。ただ、あまり呑みすぎると中毒を起こす可能性があるから、常用させるわけにはいかない薬だ。でも……今日は呑んでおいて欲しい」 「……今日、なにかあるの?」 「今日は――十五夜だ。人間たちが月に祈りを捧げる日。私は祈りを捧げる人間たちに、少しばかりの幸福を与えにいかなくてはいけない。今日は、帰ってこれないだろう。しかし……満月になるということは、この閉ざされた黄泉の世界の入り口が開くということだ。もしもよくないものが入ってきたとき、体が動けなくては逃げることも叶わないだろう。だから、今日だけは薬を呑んでおけ」 「……わかった。でも今までも十五夜に何かがあったことはないでしょ? 大丈夫だよ、旦那は心配しないで」  玉桂は僕に紙包みを渡してきた。夕食の後に、お湯にといて呑むらしい。  玉桂が完全に留守になる、十五夜。玉桂の屋敷から見える月はいつでも大きく美しいからそのありがたさを噛みしめたことはなかったが、人間たちにとって十五夜の月は特別なものらしい。月の神である玉桂にとって大切な日であるということは重々承知だったから、僕も文句を言うことはなかった。正直、黄泉の世界の入り口が開くというときに彼がいないのは不安だったが、それはどうしようもないことだ。 「いってらっしゃい。玉桂さま。僕も、人間たちの幸せを祈っているよ」  玉桂は困ったように笑うと、僕の汗ばんだ額を撫でてきた。

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