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白百合の章49

「俺たちの担当している地区は範囲こそ狭いが人も神もたくさんいてな。全員のことを覚えるのはかなり苦労するだろう」 「うん……まだ見たこともないのが半分以上いる」 「そのうち一緒に見てまわろう。はやいうちに覚えないとな」  僕は昔のように、櫨と共に過ごすことが多くなった。半同棲のような生活を送っていた。  お互いに負の感情を抱きながら、お互いを愛している。あんなことがあったのに、こうしてまた一緒に暮らしているのもおかしな話だと思いつつ、それが僕たちの日常になっていた。 「神様もいっぱいいるんだね。この、鈴懸、というのはどんな神様?」 「鈴懸様は非常に美しい神様だ。そのお姿も、心も大変清らかでな。幸福を呼ぶ白金の竜で、常に人間たちの幸せを願っていらっしゃる」 「へえ……龍神様か。見てみたいな。あ、じゃあ……この、白百合というのは?」 「白百合様か。白百合様は……その姿も心も少女のような神様だ。ふらりと人間の前に現れては悪戯をしたりするのだが、白百合様に気に入られると妖怪から守ってくれたりする。人間たちからの信仰もなかなかあるようだ」  裸で布団にもぐりながら、僕たちは人間や神を記録した帳面を眺めていた。家に帰ってまで仕事の話をしたくないとは思うのだが、櫨とこうして共有できる話があるのが嬉しかったのかもしれない。櫨が咲耶に付け入られてしまったのも、以前の僕が櫨と共に過ごす時間が極端に少なかったというのもあるだろう。仕事をしている時も、家にいるときもずっと一緒にいるようになった今、櫨が咲耶と会うことはかなり少なくなっていた。……というよりも、なぜなのかはわからないが、最近の櫨は、咲耶のことをほとんど考えなくなっていた。 「そういえば白百合様は……咲耶の友人だったな」 「……友人? 咲耶に友人がいるって? そんな馬鹿な」 「そんなに信じられないことか?」 「本当に心を通わせることのできる相手がいるなら、ああして不特定多数の男と関係を結んだりしないでしょ」 「……まあ、友人となったのはわりと最近の話のようだがな」 「櫨が相手にされていないのも白百合様のせいだったりして」 「……」  愛されなかった寂しさから呪いを生み出してしまったのなら、友愛という愛の形でその呪いが緩和される可能性だって十分にありえる。白百合という神様と親しくなったことにより、無差別に振りまく色香も軽減されているのかもしれない。だから、櫨も最近は咲耶に会おうとしない。僕と過ごす時間が格段に増えたこと、咲耶の呪いが薄まっているかもしれないということ……櫨にかけられた呪いは解けつつあるのかもしれない。 「あ、明日は白百合様のところへ行く。吾亦紅の目で白百合様がどんな神なのかを見てくれ」 「あ、逃げたでしょ、櫨」 「そ、そんなことは」 「……ふん、まあいいけど」  咲耶の話をふられて挙動不審になる櫨に、僕はわざと意地悪に笑って見せた。千歩譲っても櫨に落ち度のある案件なのだから、僕が櫨の浮気をつっつく権利はあるのだが、いざ咲耶の話をふるとこの世の終わりのような顔をしながら申し訳なさそうに視線を落とすから、あまり意地悪をすることもできない。  僕は、甘いのだろうか。 「櫨」 「な、なんだろうか」 「……もう一回しよう」 「な、なにをだ!?」 「……は? 聞くの? 察してよ。そんなんだからモテないんだよ」 「な、な、」 「……やらしいこと、しようってば」 「……。……!?」  かつて、僕と櫨の間に存在していたもの。それを、再び信じることなどもうないだろう。けれど……櫨に触れるたびに、あの頃の僕が――僕の中で、涙を流していた。

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