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鈴懸の章8

 「咲耶」はまだ日本国が統一されていない頃、とある村に生まれた少女である。  まだ若い母親が盗賊に強姦された末に宿してしまった子であり、望まれて生まれた子ではなかった。そのため、生まれてからも親に可愛がられることはなく、むしろ虐待まがいのことをされながら育った子だった。  咲耶の母親は、非常に貧乏であった。咲耶が10歳を超えた頃、疫病にかかって死んでしまった。ろくに知り合いもいない咲耶は、酷い親ではあったが彼女が死んだときは途方にくれた。これから自分はどうやて生きていけばいいのだろう、と。いや、このまま死ぬしかないのかと、あきらめの気持ちも持っていたかもしれない。  ――そんな彼女の前に現れたのが、妖怪だった。強い負の思いに引き寄せられてしまったのである。妖怪は、はじめは少女を食うつもりだった。しかし――彼女に恋心を抱いてしまった。咲耶は、美しかったのだ。どの娘よりも美しく、妖怪すらも魅了してしまったのである。 「私を、可愛がっていただけるのですか」  咲耶に寄ってきた妖怪は、一匹だけではなかった。何匹も何匹も寄ってきて、噂を聞きつけさらに寄ってきて、たくさんの妖怪が朔夜を求めて近づいてきた。そして――咲耶を見たすべての妖怪が、彼女に魅せられた。  愛されることを知らなかった咲耶は、妖怪に求められることを心から歓んだ。人型を成していない妖怪、目を覆いたくなるほどに醜い妖怪であっても、求められればそれに答えた。咲耶は――たくさんの妖怪に、抱かれた。 「愛しています、私は……貴方のことを、愛しています」  咲耶は、すべての妖怪を愛した。そして、すべての妖怪は咲耶を愛した。彼女が死ぬまで――妖怪たちは、咲耶と愛し合っていたのである。

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