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鈴懸の章9

「咲耶と交わった妖怪たちは、咲耶が死んだと知らずに今でも咲耶のことを想い続けている。そう、其方のことを想っているのだ」 「ちょ、……俺はどうみても男でしょう。その咲耶さんとどうしたら見間違えるというんですか」 「妖怪にとって大切なのは、姿かたちではない。魂だ。咲夜の魂を持つ其方は妖怪たちにとって、咲夜なのだ」  唖然、とした。とんでもない事実を聞かされてしまった。自分が、妖怪と交わっていた女の生まれ変わりだなんて。そして、妖怪からその女として見られていたなんて。  つまりは、妖怪たちに欲情されていたわけで。それを詠と鈴懸に聞かれて恥ずかしく思った。織はわずかに顔を赤らめながら、じっと白百合を睨みつける。 「どうにかする方法はないのですか」 「ふふ、なに。どういうわけかは知らんが鈴懸が其方に憑いているのだろう。護ってもらえば良いではないか」 「冗談じゃない! こんな鬱陶しいやつに四六時中一緒にいられるなんて!」 「はは、そうかそうか。鈴懸が嫌いか。なら――そうだな、ひとつ方法があることは、ある」  に、と白百合は笑って、織の前にしゃがみこんだ。むっとしている鈴懸を横目に織の頬を掴んで、その瞳を輝かせている。 「妖怪たちを、鎮めてこい。自らの手で」 ――白百合の言うところによれば。  妖怪たちには、それぞれの地区ごとに頭となる大妖怪がいるという。その妖怪に咲耶の死を知らせ、咲耶への想いを鎮めてくれば、その大妖怪を頭とする他の妖怪の咲耶への想いを鎮めることができる。つまり、咲耶と交わった大妖怪たちのもとへ直接織が足を運び、話をして来いということだ。 「……どのくらいの範囲まで行けばいいんだ……俺の足にも限界がある」 「まあ……咲耶も普通の人間だからな。人が歩いていけそうな範囲だ。そう遠いところまではいかなくていいと思うぞ」 「……ただ、俺は大妖怪と普通の妖怪の区別がつきません。どの妖怪が大妖怪なのかわからないことにはどうしようもない」 「その点は心配するな。大妖怪の住むところには、ひとつ、かざぐるまが置いてある」 「――かざぐるま?」  風車といえば、紙でつくられた玩具のことだろうか。白百合の言葉にイマイチぴんとこなかった織は首をかしげるが……それを見た白百合は、愉しげに目を細める。 「普通のかざぐるまではないぞ」 「……普通じゃない」 「風に逆らって廻るのだ。そのかざぐるまは咲夜の作ったものなのだが……強烈な咲夜の念によって、おかしな現象を引き起こしてしまっているらしい」  風に逆らって廻る、かざぐるま。考えてみると不気味である。織は眉をひそめてその話を聞いていた。 「それに――鈴懸も憑いているしな。大妖怪の識別はそう難しくないだろう」 「なっ……きょ、拒否する! この方についてきてもらうつもりなんてない! 碓氷家の護衛と、それから詠に――」 「いいや、だめだ。其方についていって良いのは、鈴懸のみ。馬車も使うなよ。その理由は……まあ、いけばわかるだろう。他の者をつけると、其方が辛い目に遭う」 「俺が……? どういうことです」 「ふ、それは言えないなあ。このような娘が居る前で」  初めて、白百合がしっかりと詠を見た。詠はびくっと身体を震わせながらも、ぎゅっと拳を握りしめて白百合を見つめ返す。 「白百合様……私では力不足ということですか。私が、妖怪にかなわないからついていってはいけないのですか」 「なんだ、怖い顔をするな、娘。まあ、それもないことはないが、そこはさして重要ではない。妖怪を鎮める儀式は、他人に見られて良いものではないのだ」 「でも……! その、私は存じ上げませんが、鈴懸様という方はついていっても良いのでしょう!? なぜその方が良くて私がだめなのです!」 「其方、鈴懸のことがみえておらんのか。はあ、まだまだだなあ。まあそれはどうでもいいが……鈴懸がついていかねばならない理由は、護衛もあるが、男であるからさ。その儀式には咲夜の生まれ変わりであるこの青年の身体と、もうひとり男がいるからなあ」 「……」  詠は納得がいかないといった風に唇をかんでいる。しかし、性別のことを言われてしまっては何も言い返すことができない。  織は、そんな悔しそうにしている詠を見つめながらも、白百合の言葉に疑問を抱いていた。「男がいる」というのはどういうことだろう。妖怪を鎮めるのには、何か決まった形式でもあるのだろうか。織はその儀式の方法を白百合に訪ねてみたが、彼女は教えてくれるつもりがなさそうだ。  結局、織は鈴懸と妖怪を鎮める旅に出るということで話がまとまってしまっている。鈴懸もほとんど言葉は発しなかったが嫌がっている様子はなかった。ただただ織に憑いてまわり、織を自らの寄り代にしたいと思っている鈴懸が断る理由もないのだが。   「――時に娘。其方は契約がしたくて妾をよんだのか?」 「え、は、はい……!」 「ふふ、契約は――まだ、結んでやらん。其方が妾の主にふさわしい人間かどうか、見極めてからだ」 「……え、ええ……」  しかし、織の厄災の解決の話ばかり進んで、肝心の目的は果たされそうになかった。契約を結ぶために来たのに、契約のことは二の次になってしまった。そのことに詠は不満ではあったが、白百合の言葉には反論できなかった。自分の力不足を、しっかりと知っていたからである。このような神様と契約することが簡単にできるとは思っていなかったため、とりあえず力の見極めだけでもしてくれるということはありがたいと詠は思っていた。  そして、織と詠はこの部屋を出ることになる。ほんの数十分過ごしただけであったが、様々なことを一気に教えられてどっと疲れてしまった。織はどんよりと疲れをあらわにしながら、ゆっくりと階段を昇っていく。 「――なあ、鈴懸。愉しいことになりそうだなあ?」 「……ろくでもないこと考えているだろ、女狐」  不穏な会話が聞こえてきたような気がするが、今の織はその言葉を気にするような余裕はなかった。

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