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灼の章7

 灼が生前住んでいたという村が、藍摺の山のふもとにある。織と鈴懸がまず訪れたのが、その村だった。  織の屋敷からは遠く離れた村だ。ここにくるまでに織はすっかり体力を消耗してしまって、情報収集をすることもできず早々に宿に向かった。しかし、灼は村内では有名なのか、宿の主人が灼について色々と教えてくれた。 「藍摺の山は、灼が住んでいるうえに獣も多いんです。だから、子どもが決して近づかないようにしています」  村人は、灼を非常に恐れていた。そのため、「昔話」として灼の話を子供に言い聞かせるのが、この村での風習になっているらしい。 むかしむかし ひじょうに みめうるわしい おとこが いました おとこは うつくしい やくしゃ の むすめと むすばれました しかし おとこは あるひ かおに おおやけど を おってしまいます むすめは おとこのもとをはなれ かねもちの ちがうおとこの もとに にげてしまいました おとこは いかりくるい おに に なってしまいました おに は まいばん おおごえをあげ むらびとを こまらせていました  むらびと は おにを やまに とじこめます そのひから よるになると やま から ふしぎなうたが きこえるように なりました そのうたを きいたものは おにに たべられてしまう そうです…… 「それ、本当の話なんですか? 昔話、ではあるみたいですけど……」 「本当の話とは言われています。もちろん、大げさな部分もあるでしょうけれど」  美しい男が醜い姿になってしまい、それによって人々から疎まれてしまう話。どこまでが真実なのかはわからないが、酷い話もあったものだなあと織はため息をついた。  灼は恐ろしい妖怪だと言われている。きっと、生前の恨みはすさまじいものだったに違いない。男は何も悪いことをしていないのに、周囲の人間から辛い扱いをされて「鬼」になってしまっただなんて、あまりにも哀しい話だ……織はそう思った。 「――所詮、人間なんてそんなもんだろ。どんなに相手のことを慕っていようが、そいつの美点が失われた瞬間に、離れていくものさ」 「え……」  宿の主人の話を聞きながら、織の隣で鈴懸がぼやく。もちろん、宿の主人にそれは聞こえていない。  織は、たった一言、鈴懸の言葉が気になってしまって――それ以降の主人の話はあまり頭に入ってこなかった。

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