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灼の章10

「……あ?」  急に意識が飛んだと思ったら。  目が覚めれば俺は、神社の鳥居の上に居た。この光景は――嗚呼、覚えがある。俺が何度も何度も思い出しては夢にみた――俺が、「神様」であったときの光景だ。 「鈴懸様、鈴懸様――どうか、私のおばあちゃんの病気を治してください……」 「……俺のこと何でも屋だとでも思ってんのかねえ、はいはい、仕方ないな」  俺が、不幸から護ってくれる「竜神」と呼ばれていた、あの頃。まだ綺麗だった俺の神社には、毎日のように参拝客が訪れていた。俺はあんまり人前に姿を表したくなかったから、人間には見えないようにしていたけれど、人間たちはたしかに俺の存在を信じていた。だから、俺には人間たちの願いを叶える力が十分にあった。  困った人間たちが俺の神社に訪れ、数日後には嬉しそうな顔をしてお礼をしにくる。そんな人間たちを鳥居の上とか本殿の屋根とかに寝転がって眺める日々。暇ではあったけれど、穏やかで幸せな日々だった。  そんな幸せが壊れたのは、突然。神社が、大きな地震によって倒壊した。壊れた神社も場合によっては再建してもらったりしていたそうだが、残念ながら俺の神社はそうではなかった。人間たちは、「神社が壊れてしまったからもう神様もいなくなってしまったかもね」と言って、俺の神社のことなどあっさりと諦めてしまった。  そう、壊れてしまったから。人間たちが来なくなってしまったから。俺の力はみるみるうちに衰えていく。俺は、少しずつ人間たちから忘れられていった。  神が力を失った時に取る行動はそれぞれ。住処を変えてもっと人間の信仰を集めやすいところにいったり。残った力を使って人間を呪い「邪神」となって、人間の畏怖を集め呪いの力を手に入れたり……。やろうと思えばまた神様になれたかもしれない。でも、俺はそれをしなかった。  それには理由があった。俺が、この神社を愛していたからだ。この地を愛していたから。もともと俺は、この地に住んでいた人間が絵に描いた竜に祈りを捧げているうちに生まれた神だ。絵描きの男が、自らの描いた竜に病に伏した母の回復を祈っていたら「偶々」母の病気が治った。それから、その竜には神が宿っているのだと噂になり、人々が祈りを捧げるようになって――人々のたくさんの祈りが集まって、俺が生まれた。俺は、この地の人間たちの清らかな祈りによって生まれた存在。だから、そんな人間たちを裏切ることはできなかった。力が無くなってしまったのなら、そのまま――消えてゆくのが運命なのだと思っていた。  それが――俺の強がりだったのだと思い知ったのが、つい最近。碓氷 織という人間に出逢ったあの日。  たまたまボロボロになった俺の神社に転がり込んできた織。俺ももう死にかけで、また煩いのがやってきたと思ったくらいだった、あの時。強く助けを求める織の声に、俺は下心を覚えてしまった。「こいつを助けて、こいつの信頼を獲れば、また神様になれる」と。元々俺はそんなことを考えるような性格でもなくて、始めのうちは本当にこのまま死んでしまおうと思っていた。でも――いざ、本当に人間たちに忘れられて独りで死んでゆくことに、強い恐怖を覚えてしまっていた。おそらくもう二度と訪れないであろう機会に、俺は目敏く噛み付いたのである。 「――おまえ、俺の寄り代になれ」  俺は、織に取り憑いた。俺の力を取り戻すために必要な道具を欲して、取り憑いたのだ。愛していたはずの人間を「道具」と思ってしまうほどに、俺の心はボロボロになっていた。

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