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灼の章13
「……う、」
目を覚ますと、やたらと体が重かった。鈴懸が瞼をあけてすぐに飛び込んできたのは、満点の星空。ついさっきまで霧がかかっていたのは嘘のように、空気が澄んでいる。
なにか――夢のようなものをみたような気がする。今のは、灼の記憶だろうか。
「……織!?」
――そうだ、自分は灼に取り憑かれていた。それを思い出した鈴懸は、慌てて織を探す。
取り憑かれている最中も、一応意識はあった。心のなかがやたらと荒んでいて、穢い感情ばかりが溢れてきていたが……決して、すべてが乗っ取られていたわけではない。取り憑かれていたときの記憶もきちんと残っている。――だから、織の安否が気になった。織をぐちゃぐちゃに犯した記憶が、残っているから。
「あ……」
織は――鈴懸の腕のなかで、眠っていた。どろどろの状態ではあるが、無事なようだ。
灼は……あれで、救われたのだろうか。織を抱いて、救われたのだろうか。咲耶に関わった妖怪たちは、皆、哀しみを抱いている。それを、ああして熱を交わすことで慰めているのだと、鈴懸は取り憑かれて改めてわかった。今みた夢が、灼のものであるのなら――あれが、答えなのだろう。咲耶の生まれ変わりである織を抱くことで、熱に触れる。その熱で――哀しみを、溶かす。それが、この儀式によって行われていること。
しかし……それを、鈴懸は許容できなかった。自分自身、あのとき織を求め、孤独を紛らわそうとした。でも、こんなに、織がぐちゃぐちゃになって。あんなにも辛そうな声をあげて。織がそんな状態になってまで、織を抱きたいとは思わない。
「織……」
鈴懸は織を抱きかかえ、近くに流れていた川までやってきた。そして、少しずつ織に水をかけて、触手の体液を落としてゆく。
どろどろになった、織の体。何度も何度も絶頂に達した直後だからだろうか、その体は妙な色香を放っていた。鈴懸はそんな織の体を撫でながら、深い溜息をつく。取り憑かれていたとはいえ……織をこうしたのは、自分だから。
神性のある自分が、妖怪なんかに取り憑かれたのは、心の奥にしまいこんだ弱さに付け込まれたからだ。「孤独が苦しかった」そして、「自ら孤独の道へ進んでいる織に、嫉妬した」から。今まで織に抱いていた、正体不明の嫌悪感の正体。正面から見つめたくない自分の弱さに由来するものだったから、その正体がわからないままでいた。それを、ここで知ってしまった。
――ああ、なんて、自分は、愚かなのだろう。
ぐったりとした織を見つめ、鈴懸は懺悔するようにして額を織の胸に当てる。
織が、好き好んで心を閉ざしたわけではないと、知っているのに。自分は、そんな織にそんなにも醜い感情を抱いていたのか。織を取り巻く環境に、嫉妬していたなんて。織だって、苦しんでいる……その姿を、この目で見てきているのに。淋しげな瞳をしながら、他人をはねのける――何度も何度も見てきたあの姿が、織の苦しさそのものだったというのに。それなのに、あまりの孤独感に、織を嫌悪した。嫉妬だけが、心を満たしていた。織への嫌悪は――自分の弱さそのものだった。
『俺は、鈴懸のこと、忘れない――』
最中の、織の叫びを思い出す。あの言葉が、やけに鮮明に頭に焼き付いている。
「……自分だって、苦しいくせに。生意気だ、織……」
まだ、弱く寂しい、織。それでも、彼はああ言った。咲耶の念が影響しているのか、それは否めないが、織の本心であることは間違いない。
濡れた織の胸に、鈴懸の涙の雫が落ちる。まだ熱い、その身体を。鈴懸はきつく、抱きしめた。
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