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灼の章17

「なんだ、鈴懸と一緒に寝れなくて寂しいのか?」 「ちっ……ちがいます」  布団のなかにもぐりこむ白百合は、まるで猫のようだった。体を丸め、織で暖をとるようにしてくっついてくる。目つきも口調も可愛くないが、この仕草だけをみれば、まあまあ可愛い。 「部屋に入ってきたときのそなたたちは、まるで初夜の前の夫婦のようだったぞ。ふふ、もしかして、このあと閨事でもするつもりだったか?」 「ちっ、ちがっ……」  しかし、猫というには少々邪悪だった。織と鈴懸の関係を勘ぐるその姿は、噂好きの侍女のよう。にやにやと目を細めて、織の目を覗きこんでくる。  織は参ってしまって、ぐっと白百合から目を逸らした。鈴懸との関係を問われても、どう答えることもできない。ただ孤独を緩和させるために「触ってもいい」と言っただけであって、彼との間に特別な繋がりがあるのかといえばそうではない。 「くく、可愛らしいなあ、そなたは。もっと素直になればもっと可愛いのに」 「だ、だから俺は……別に鈴懸のこと、……」 「ほお、好きでもない男を、そなたは自分の寝室に招くのか?」 「そっ……それは……そういう、ことをしようとしたんじゃなくて、……」 「顔は期待でいっぱいだったけれどな」 「……」  白百合の指摘に、織は黙り込んでしまう。  部屋に入る瞬間のことを思い出すと、反論などできなかったのだ。たしかにあのときの自分は……鈴懸に抱かれることを想像して、それでいて彼を部屋にいれようとしていた。体の奥のほうが、熱くなっていた。 「う、うるさいな……白百合さまだって、俺の部屋に勝手にはいってるじゃないですか……鈴懸もただ俺についてきただけですよ……」 「ふふ、そうか。まあ、妾はそなたをあんな目では見ていないがな」 「……というより、なぜ白百合さまは俺のベッドにいるんですか? いつもみたいに詠のところで寝ればいいじゃないですか」  これ以上鈴懸のことを追求されたくない。そう思った織は、話題を変えてみる。  ……というより、これはかなり重要なことだ。なぜ、白百合が織の寝室にいるのか。 「……別に。あの娘にこだわることなどないだろう」 「俺が迷惑被っているんですけど……」 「あんな……妾の心をのぞくような娘と、一緒にいたくないのだ……! 怖いだろう、自分で封じていたものを暴かれるのは……!」 「え……?」  問うてみれば、白百合はむすっといじけたような顔をして、うつむいてしまう。布団に潜り込み、顔を隠し。それはまるで、子供のように。  珍しい白百合の姿に、織は鈴懸との夜を邪魔された不満もふっとんで、白百合の事情が気になりだした。この屋敷に帰ってきたときに見た、詠の様子も相まって。 「この、神である妾の心をのぞくなんて……なんなんだあの娘は……「鬼」と呼ばれるだけはある、……ただの陰陽師なんかではないだろう……」 「……鬼?」 「びっくりするじゃないか、人間なんかに弱みを握られるなんて、予想できるものか……! あの「鬼」め、可愛い顔をしてとんでもないものを抱えて……」 「あの、白百合さま? 「鬼」ってなんですか? 白百合さま?」  白百合は苛々としているのだろうか、織の言葉など聞いていないようだった。ぶつぶつと不満を口にして、ぷりぷりと怒っている。 「……あの、よくわからないですけど……早く仲直りしてくださいね」 「なんだ貴様! 人間のくせに妾を諭すつもりか!」 「うう……めんどくさい……」  だだをこねているときは、ほとんど威厳がないらしい、白百合。これには織もどうすることもできなくて、あきらめて「はいはい」と白百合の愚痴を聞いてやった。  ぽんぽんと頭を撫でてやりながらあやしてやれば……いつの間にか、白百合は眠ってしまっていた。 灼の章 了

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