61 / 225
灼の章17
「なんだ、鈴懸と一緒に寝れなくて寂しいのか?」
「ちっ……ちがいます」
布団のなかにもぐりこむ白百合は、まるで猫のようだった。体を丸め、織で暖をとるようにしてくっついてくる。目つきも口調も可愛くないが、この仕草だけをみれば、まあまあ可愛い。
「部屋に入ってきたときのそなたたちは、まるで初夜の前の夫婦のようだったぞ。ふふ、もしかして、このあと閨事でもするつもりだったか?」
「ちっ、ちがっ……」
しかし、猫というには少々邪悪だった。織と鈴懸の関係を勘ぐるその姿は、噂好きの侍女のよう。にやにやと目を細めて、織の目を覗きこんでくる。
織は参ってしまって、ぐっと白百合から目を逸らした。鈴懸との関係を問われても、どう答えることもできない。ただ孤独を緩和させるために「触ってもいい」と言っただけであって、彼との間に特別な繋がりがあるのかといえばそうではない。
「くく、可愛らしいなあ、そなたは。もっと素直になればもっと可愛いのに」
「だ、だから俺は……別に鈴懸のこと、……」
「ほお、好きでもない男を、そなたは自分の寝室に招くのか?」
「そっ……それは……そういう、ことをしようとしたんじゃなくて、……」
「顔は期待でいっぱいだったけれどな」
「……」
白百合の指摘に、織は黙り込んでしまう。
部屋に入る瞬間のことを思い出すと、反論などできなかったのだ。たしかにあのときの自分は……鈴懸に抱かれることを想像して、それでいて彼を部屋にいれようとしていた。体の奥のほうが、熱くなっていた。
「う、うるさいな……白百合さまだって、俺の部屋に勝手にはいってるじゃないですか……鈴懸もただ俺についてきただけですよ……」
「ふふ、そうか。まあ、妾はそなたをあんな目では見ていないがな」
「……というより、なぜ白百合さまは俺のベッドにいるんですか? いつもみたいに詠のところで寝ればいいじゃないですか」
これ以上鈴懸のことを追求されたくない。そう思った織は、話題を変えてみる。
……というより、これはかなり重要なことだ。なぜ、白百合が織の寝室にいるのか。
「……別に。あの娘にこだわることなどないだろう」
「俺が迷惑被っているんですけど……」
「あんな……妾の心をのぞくような娘と、一緒にいたくないのだ……! 怖いだろう、自分で封じていたものを暴かれるのは……!」
「え……?」
問うてみれば、白百合はむすっといじけたような顔をして、うつむいてしまう。布団に潜り込み、顔を隠し。それはまるで、子供のように。
珍しい白百合の姿に、織は鈴懸との夜を邪魔された不満もふっとんで、白百合の事情が気になりだした。この屋敷に帰ってきたときに見た、詠の様子も相まって。
「この、神である妾の心をのぞくなんて……なんなんだあの娘は……「鬼」と呼ばれるだけはある、……ただの陰陽師なんかではないだろう……」
「……鬼?」
「びっくりするじゃないか、人間なんかに弱みを握られるなんて、予想できるものか……! あの「鬼」め、可愛い顔をしてとんでもないものを抱えて……」
「あの、白百合さま? 「鬼」ってなんですか? 白百合さま?」
白百合は苛々としているのだろうか、織の言葉など聞いていないようだった。ぶつぶつと不満を口にして、ぷりぷりと怒っている。
「……あの、よくわからないですけど……早く仲直りしてくださいね」
「なんだ貴様! 人間のくせに妾を諭すつもりか!」
「うう……めんどくさい……」
だだをこねているときは、ほとんど威厳がないらしい、白百合。これには織もどうすることもできなくて、あきらめて「はいはい」と白百合の愚痴を聞いてやった。
ぽんぽんと頭を撫でてやりながらあやしてやれば……いつの間にか、白百合は眠ってしまっていた。
灼の章 了
ともだちにシェアしよう!