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玉桂の章2

「おお、織! 見ろ、今宵は満月だぞ!」 「……ほんとうだ」  結局その日も、詠と鈴懸にまともに会うことができず、一日が終わろうとしていた。部屋に戻ってきた白百合は、窓から外の夜空に浮かぶ満月を眺め、目を輝かせてはしゃいでいる。さらさらと揺れ動くきつね色の髪の毛は月光を纏っていて神秘的だ。  月を眺めて嬉しそうにしている白百合の姿は、ほほえましい。織はベッドに腰をかけながら目を細めていたが……どうしても詠が頭をよぎってしまい、落ち着かない。 「……白百合さま、俺があんまり口出しすることじゃないと思うんですけど、詠と仲直……」 「そうだ、織。月が美しい夜というのは、用心しなければいけないぞ」 「……」  はやく、詠と白百合のわだかまりが解けて欲しい。見ているこちらも息が詰まるし、なにより避け合っている二人を見るの辛い。白百合も、こうして笑顔は見せてくれているが、時折見せる寂しそうな顔を、織は見逃していなかった。  しかし、白百合はなかなか詠に歩み寄る気にならないらしい。時折詠の話題を降ってみても、ぬらりくらりと交わされてしまう。 「満月になるとな、玉桂という妖怪が人間界に現れることがあるのだ」 「……たま、かつら?」 「『竹取物語』にでてくる月の使者のような妖怪だ。美しく、気品がある。月光の橋を渡って人間界に降りてきては、人間を誑かしてゆくのだそうだ」  満月を眺める白百合は、いったい何を思っているのだろう。  白百合の背中を見つめ、織は……ただ、ため息をつく。

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