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覚の章11

 覚に浴場まで連れてこられた織は、そこでようやく自分の脚で立ち上がる。脱衣場の前で覚には待っていてもらって、そこからは這うようにして自分で歩いた。風呂でくらい、ひとりでいたい。ゆっくりしたい、そう思った。  浴場は銭湯のように広く、ひとりで入るには広すぎるほどだった。思わず織は感嘆の声をあげたが、一先ずは体に付着した大量の精液を洗い流すことから始める。 「……」  黙々と、お湯を体にかけて、泡立てた石鹸で肌を擦って。  こんな生活が毎日続くのだろうか。抱かれている最中は頭が真っ白になって何もかもがどうでもよくなっているが……こうしてひとりになると、強烈な憂鬱が胸の中に湧き上がる。  穢れてしまった。いや、もともと穢かった。こんな自分は、生まれてこないほうがよかったんじゃないか。 「……っ」  自分を否定して、今までの思い出を忘れ去ろうとして。掻きむしるようにして髪の毛を洗いながら、織はふっと鈴懸のことを思い出す。  何度忘れようとしても、彼のことばかり考えてしまう。ある日突然出逢って、短い時間の中でたくさん触れ合って。お互いの弱い所を知って。急速に縮まっていった関係だったけれど、思い出の一粒一粒が鮮明に、煌めいている。 「……鈴懸、」 ――愛しい。あの思い出たちが、どうしても愛しい。忘れようと思っても、しがみついてきて捨てることができない。 「う……」  いつから、彼のことを想うようになったんだろう。少し前まで、彼のことを鬱陶しく思っていたのに……いつから?  ふとした瞬間の優しさとか、名前を呼んでくれたりとか。彼のどこかに少しずつ惹かれていって、いつの間にか彼にどきどきするようになっていた。儀式によって否が応でも交わらなくてはいけなくなって、でも彼を受け入れるのは嫌ではなくて。  ……もしかしたら、はじめから心のどこかで、惹かれていたのかもしれない。  神社で出逢ったあの日から。 『俺は鈴懸、この神社で祀られていた、竜神だ』  光の粒子のなか、少しだけハッとした顔をして名乗っていた鈴懸。思えばあの時の鈴懸は、きっと何百年ぶりに人間に姿を認められて驚いていたのかもしれない。 「……ごめん、鈴懸……」  鈴懸も、やっと人間に触れることができて嬉しかっただろう。孤独から解放されると喜んだだろう。それなのに。 「ごめんね……」  こんなに穢い人間は、彼のもとから離れなくてはいけない。彼の喜びを、裏切ることになってしまったのだ。 「鈴懸……」  綺麗にした体で、湯船に浸かる。織はぐったりと脚を伸ばしながら、自らの体を抱きしめた。  はやく、この想いを捨てなければ。彼のことを裏切った自分が、こんな浮わついた想いを抱いているなんて、彼に失礼だ。  織は涙で瞳を潤ませながら、そっと体を撫でる。彼に触れられたときの胸の高鳴りと、肌が解けてしまうくらいの熱。思い出すと胸が締め付けられる。あの熱も、もう二度と感じることのできない思い出のひとつ。捨てる前にもう一度――抱きしめたい。 「あ……」  彼のことを思い出しながら体に触れると、一気に全身が熱くなった。ああ、なんでこの体はこんなに淫らなんだろう。卑しいと、いけないと、そう思うのに――指が、肌を撫ぜる。彼の腕の中へ飛び込みたいと願う心の深層が、勝手に手を動かした。 (だめ……)  触れられたい。彼に、触って欲しい。優しい言葉をささやいて、そして、名前を呼んで。敏感な部分を、柔らかく撫でて欲しい。 「ん、ぁ、……」  鎖骨を、肩を、腕を。胸と、腰と、腹と、そして脚。そう、全部。そう、体の全部に触れて欲しい。 「あ、……は、ぁ……」  手のひらで、全身を撫で回す。鈴懸に撫でられているところを想像しながらすると、体が勝手に揺れるくらいに気持ちいい。鈴懸の手のひらは、暖かくて大きくて、骨ばっていて。あの手に体をこんな風に撫でられたら……もう、体の奥から悦んでしまう。 「あ……ふ、……すず、かけ……」  なにを……なにを、しているんだろう。  こんなことをしてはいけない、淫らだ、あまりにも淫らだ。はしたない。そう、わかっているのに……もう会うことすらできない彼を想うと切なくて、おかしくなってしまいそうで、体が彼の温もりを求めてしまう。 (こんなの、……こんなの、ダメ、なのに……) 「あっ……すずかけ……ぁんっ……」  指を、孔に挿入する。つぷんっ……とあっさりと根本まで入った指は、鈴懸のものとは違って細くてものたりない。なかに覚の精液がなみなみと入っていたことに嫌悪感を覚えたし、自分でソコを触ることにも抵抗があったし、指の本数を増やすことに織はためらいを覚えたが……鈴懸のことを考えると、いつの間にか二本、三本……と指を増やしていた。お腹のなかを鈴懸でいっぱいにしたかった。 「あっ……ん、んん……すずかけ……すずかけ……」  腰が揺れる。ゆらゆらと腰を揺すれば、湯船の水面がちゃぷちゃぷと揺れた。 (やだ……鈴懸のことを考えながら、こんなこと……やだ、やだ……) 「あっ、あっ……ん……」  唇が、寂しい。  そう、そうだ……彼との口づけは結局叶わない。彼の口づけをずっと待っていたところで……この唇に、恋心は灯らないだろう。そう思うとひどく寂しくて、切なくて。  無意識に、織は自分の指をしゃぶっていた。 「んっ……んっ……」  脚を開き、自らの孔を慰める。指をぐっとのばしても奥には届かなくて、もどかしいけれどずっと指は挿れっぱなしにしていたくて。指を挿れながらぐっぐっと前立腺を刺激すれば、腰が浮いて下半身がゆらゆらと揺れる。  指をしゃぶる唇からはつうっと唾液がこぼれてきてしまって、舌がとろけてしまったような錯覚に陥った。鈴懸の口づけがほしい、唇を奪われたい、ひとつになりたい。願えば願うほど、織の唇が唾液に濡れてゆく。 (こんなこと、しちゃ、だめ……) 「ん、ん、……ん……あ、ふっ……すずかけ……ん……」 (だめ……) 「もっと、すずかけ……ん……」  ふー、ふー、と乱れる吐息が唇から漏れる。鈴懸が欲しくて欲しくてしょうがなくて、それでも一生彼に抱かれることはないのだと思うと切なくて、涙がぼろぼろとこぼれてくる。切なさと同時に体が熱を求めてくるから、指の動きはだんだんと激しくなっていって。 「はっ、……あっ、あっ……」  ヒクヒクッとなかが激しく痙攣して、精液を受け入れる準備を整えていた。でも、もちろん指からそんなものは出ないし、そもそも鈴懸のものではないし。  欲しくて、欲しくて。  織はぐぐっと思いっきり指を奥につっこんで、ぐちゅぐちゅと激しくなかをかき回す。 「すずかけっ……!」  おかしくなってしまうくらいになかをめちゃくちゃにかき混ぜて、そうすればビクビクッ! と中が収縮し、腰がビクンッと浮き上がる。自分の指でイッてしまった織は、恍惚と顔を蕩けさせた。 「ん……」  指をくわえたまま、織はくたりと体から力を抜く。目を閉じて、鈴懸の姿を思い浮かべて……しばらくして、強烈な自己嫌悪にさらされた。 「……ごめんなさい……すずかけ、……さま……」  体がヒクンヒクンと幸せの余韻に浸っている。  もう、こんな自分がいやだ。美しいひとを、卑しい妄想で穢してしまうなんて。  からだと、心。どんどん距離が離れてゆく。 ――嗚呼、はやく……心を壊されてしまいたい。 「……すずかけさま……」

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