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第109話

広瀬は黙ってシャワーのコックをしめた。 髪からポタポタしずくが床に落ちていく。彼はほとんど怪我を感じさせない足取りで脱衣場に戻った。 東城は手を伸ばし大きな白いバスタオルを棚からとった。 灰色の目が自分の腕の動きを見ている。 不安な子どものような視線だ。 やはり、何かあったのだ。そう気づいて問い詰めようとしたら、広瀬は眼をとじた。 その代わりに彼から手を伸ばされた。自分のまだ濡れた肩を触り、そのまま左胸に降りてきた。 さらに怪我をしていない方の耳が、そっと左胸につけられる。心音を聞いているのだ。彼は時々こうやっている。確かめているのだろう。東城がどの程度感情的になっているのか。広瀬を意識しているのか。もしかすると、生きているのかを知りたがっているのかもしれない。 大きなタオルでくるんでやって、腕を背中に回し軽く抱いた。身体の感触が手に伝わってくる。 身体をかがめて顔を寄せて唇を合わせようとした。わずかにためらうように広瀬が顔をずらした。 それからやっと気づいたように唇を合わせ、舌をからませてきた。なぜか最初は少しだけこわばっていたが、ゆるく口の中をたどっていくと、やがて、いつも通り柔らかい唇になった。広瀬はずっと目を閉じていた。

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