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第110話

きれいに拭き取ると衣類を身に着けるのを手伝った。 それから、リビングに移動し、ソファーに座らせる。キッチンに行き、冷凍庫をあけて氷を丈夫そうなビニール袋に入れた。袋に水を足し、リビングに戻る。広瀬に差し出して、一番ひどい状態になっている左肩に冷やすように言って当てさせた。 「何があったんだ?」ともう一度聞いた。 「山道で足を踏み外したんです」 「それで、そこまで怪我するのか?」 「かなり下まで落ちてしまって」と広瀬は答えた。 「こんなひどい怪我してて仕事行ったのか?休めよ」 「午前は休んで、午後から行きました」それから「あの。何か食べたいんですけど」と顔をあげて彼は言う。 ため息がでてくる。 起こったことを話す気がないのか話すことがないのかさえわからない。 再びキッチンに戻り、おおぶりの丼にご飯を盛った。冷蔵庫のコンテナの中に豚肉と5種類ほどの野菜を甘辛く味付けした料理があったのでレンジで温めてご飯の上に無造作にあけた。お茶と一緒にリビングに運び、片手で食べられるように大きめのスプーンも渡した。 広瀬は受け取ると黙ってもぐもぐとご飯を食べている。 「山道って、どこに行ってたんだよ」 「滝教授の研究所です。実験のことと近藤理事のことを聞きに行きました」 「一人でか」 「はい」 「なんで?」 「近藤理事は最近滝氏のところを訪ねています。用件を聞きたかったんです。行方不明の理由が少しでもわかるかと思いました。それと、デバイスの開発や父との関係も知りたかったんです」 広瀬は食事をしながらかいつまんで滝との会話を話した。 「帰り道に、山道で車がパンクして、直そうと思って外に出たんです。かなり暗くなっていて、うっかり足を踏み外してしまったんです」広瀬は淡々と告げる。それから「あ、そうだった。車、パンク」と言った。「すみません。東城さん、まだ、パンクしたままなんです」 東城は手を振って気にするなとしめした。「それはすぐに直してもらうからいい」明日にも手配しておこう。 広瀬はご飯を食べている。これ以上話すことはなさそうだった。近藤理事の行方の手がかりを探したいという広瀬の気持ちは理解できる。 怪我の追及はやめて東城は言った。「お前に知らせることがあるんだ」 改まった口調になると、広瀬は手に持っていた器をテーブルに置き、姿勢を正してうなずいた。

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