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第112話

「もし、殺人だとしたら、滝教授のデバイスの実験が関係しているのでしょうか?」 「わからない。近藤理事はハンガリーのオフショア取引に関与している可能性もある。それ自体は違法じゃないが、その金の出所については福岡さんも関心を持っている。研究所では機密情報を入手する機会はいくらでもあったからな」 広瀬は眼をひらいた。 長いまつげが涙で濡れている。まばたきしたために右目からポロリと涙が頬をつたう。頬に手を伸ばし、親指でぬぐってやった。 「違法なことをするような人ではないです」 「わかってる」と東城は答えた。 だが、人間というのは多面的なものだ。近藤ほどの地位につく者はなおさらだろう。親しい人間にも見せない一面があっておかしくはない。 今はその点で広瀬と議論はしたくなかった。 「他にも話があるんだ。お前の両親がもっていた山梨のガイドブックはどこにある?」 「俺の部屋にあります」と広瀬は答えた。「ガイドブックがどうしたんですか?」彼は立ち上がった。 そして、先ほど脱いでリビングのソファーに散らしていた自分の服のポケットから鍵を取り出した。 リビングを出て階段を身体をかばいながら二階にあがる。東城も後について行った。 広瀬は部屋の鍵をあけた。 前はかけていなかったので意外な気がした。プライベートエリアだからどう使っていてもかまわないが、今更鍵をかける必要があるのだろうか。 部屋の中は整然としていて今までと全く変わりはなかった。シンプルなデスクと椅子。引っ越してきたときに買った黒い革張りのリクライニングチェア。フローリングの床にはチリ一つ落ちていない。 部屋の壁にとりつけた飾り棚に他の本と共に山梨のガイドブックは立てかけてあった。広瀬はとりあげて、東城に渡した。 「写真も借りていいか?」と東城は言った。両親との旅行の写真だ。広瀬は机の上から写真たてごとそれをとり、一緒に部屋をでた。そして、彼は忘れずに鍵をかけていた。 隣の寝室に入ると広瀬はひじ掛けのついた一人用のソファーに座った。東城は、ベッドに腰かける。 「今日、仕事していて気づいたんだ」と東城は言い、写真たてから写真を抜いた。 裏側には子どもの読みにくい字で「ちきゅうぎのびーのご」と書いてある。東城はそれを広瀬に示した。

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