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第116話
東城に言わなかった話はまだある。家に帰る前、大井戸署を出た後で、広瀬は忍沼と会ったのだ。
忍沼は、まだマスクをしていたが、前に会った時より元気そうだった。彼は、広瀬をみつけると手を振ってきた。マスクを顔からとり笑顔で顔色も良い。
だが、近づくと、忍沼の表情が変わった。
「あきちゃん、どうしたの、その傷?」
そう言って、耳元に貼られた絆創膏を指さした。
「殴られて」と広瀬は話した。「それで、忍沼さんに相談があるんです」
忍沼は、うなずいた。それから周りを見る。夜だが、人影がちらほらとまばらにある。
「場所を変えよう。安全なところにね」
一緒に行った先は、以前も行ったことがある上野の地下のバーだった。
カウンターの隅に忍沼は座った。忍沼はアイスミルクを頼んでいる。広瀬にも、「そんな怪我してるんだったらお酒は飲まない方がいいよ」と言って紅茶を頼んだ。バーテンダーは慣れた手つきで美味しい紅茶を入れてくれる。
「それで、どうしたの?」と忍沼は聞いてきた。
広瀬は山であったことをかいつまんで話した。滝教授の研究所に行ったこと、帰り道で男たちに襲われたこと。銃を奪いそれが手元にあることは話した。
ただし、犯されそうになったことは言わなかった。誰にも言いたくないことだった。
広瀬の襲われた話に彼の顔が怒りで赤くなった。
「なんてことを」と彼は言った後「ごめんね、あきちゃん」と続けるので戸惑った。「君を守るって言っておいて、ちっとも守れてなくて」
ああ、そのことか。もともと忍沼が守る云々という意味がよくわかっていなかったのだ。
「彼らのことを知っているんですか?」
「まさか。知ってたらとっくにあきちゃんに伝えるし、そいつらがあきちゃんに手出しできないようにしてたよ。もしかしたら実験の関係者があきちゃんを見つけて傷つけるんじゃないかと思ってたんだ。それを、防ぎたかったのに」忍沼の視線は暗い。「でも、もうこれ以上は手出しできないようにする。そいつらを捕まえよう。滝教授の研究所の近くの監視カメラ映像は、常時記録しているんだ。その男たちが、あきちゃんを研究所からつけてきていたとしたら、何か映っているかもしれない」
「車のナンバーだけでも教えてもらえれば」と広瀬は言った。
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