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第118話

忍沼はいつも大事そうにしているカバンを開けた。 中から黒い革のケースを取り出す。そこには雑多な大きさのメモリーや端子が収められていた。彼は、広瀬のメモリーカードも中に入れた。 「いろいろお願いしてしまって」と広瀬は言った。なんとなく「費用は払います」と付け加えてしまう。この前の忍沼の暗い安アパートの様子が思い出されたのだ。 忍沼は首を横に振った。「お金はいらない。そんなことより、もう他に人がいないところにに行っちゃあだめだよ。その男たち、あきちゃんを捕まえようとしてるんだろう。その耳以外の怪我もひどいんだろう。かばってるからわかるよ。今度から、何か調べるときは僕も一緒に行くよ。それを約束して」 広瀬はうなずいた。 「絶対だよ」と忍沼は言った。「あきちゃん、平気で危ないことしそうだから心配だよ」 「滝教授は、デバイスと危機感の欠如といった副作用と考えられていることとの因果関係はないと言っていました」 「それは、連中がよく使う詭弁だ。因果関係は証明できないって言ってるんだ。因果関係はないとは言ってないよ。これからデバイスは量産されて売り出されるんだ。副作用があるなんて言うわけがない」と忍沼はきっぱり言った。 「デバイスは本当に量産されるんですか?」 「そうだよ。岩下教授もそう言っていた。まあ、なんとか電機やなんとかカメラの店頭で売られるようにはならないだろうけどね」 「岩下教授の自宅の音声のことですよね。この前一部のデータを下さいましたね。忍沼さんは、他にも音声データを持っているんですよね?」 忍沼はうなずいた。 「その音声データをくれませんか?」と広瀬は言った。「仲間になったら音声をくださると言っていました。俺に、下さい」 忍沼は探るように広瀬を見る。広瀬はその目を見返した。こういう時には決してそらしたりはしないのだ。じっと見る忍沼の目は不思議な表情だった。疑われていないはずだが広瀬が思った以上に感情が分からなかった。 「いいよ」あっさりと忍沼は言った。「用意しておいてあげる。いろいろと調べていることと一緒に。そうだ。明後日の夜に会おうよ。連絡するよ」 忍沼は音を立ててアイスミルクをストローで飲み干した。

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