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第120話
その日は広瀬は一人で外回りをしていた。
いくつか抱えている案件の情報収集だ。
何件かの傷害事件、事故の確認をしていく。いつもの大井戸署の仕事だ。怪我のことは上司の高田に報告している。高田からは自己管理がどうとかこうとか言われたがそれ以上のお咎めはなかった。
昼に食事兼休憩でカフェに入る。隅の椅子に座り分厚いハムとチーズが挟まっているサンドイッチを食べながらコーヒーを飲んだ。
そうしながらポケットから個人用のスマホを取り出す。さらにペン型のカメラをとりだした。スマホに同期させて中の写真を確認できるようにした。
滝の研究所の中を撮影したデータだ。壁に貼ってあった実験の集合写真も記録されている。
滝の研究所を出た後、撮影した写真をゆっくりとみる時間がなかったのだ。
集合写真をもう一度丁寧に見る。一人一人の顔を確認していく。知らない顔を再度見て本当に知らないのか確認してみる。近藤理事の姿はないだろうか。もしかして、あの山中の二人組の男は。
そこで、若い研究者の男の顔を見た。見覚えがあるが誰だったか。どうしても思い出せない。頭の中のすぐそこまで出てきそうなのに。最近見たような気さえしてくる。誰だろうか。
迷ったが広瀬は実証実験をしているタブレット端末を取り出した。
以前からペン型のカメラに同期させているのですぐに写真を確認することはできる。人物を登録しているアプリを立ち上げ写真の人物を探した。だが、そこに類似の人はいなかった。かなり昔の写真だ。見覚えがあるような気がしているだけだろうか。
アプリを閉じようとしたときそれが違うアプリを立ち上げた。
実証実験とタブレット端末の説明資料だ。
どうしてかわからず見ていたらそこに動画が再生され止まった。ほんの10秒ほどのタブレットの機能を説明している画像だ。
説明していたのはタブレットの実験の担当者の『白猫』だった。広瀬は、名前を覚えられなくて勝手に白猫とあだ名をつけている。
広瀬は凝視した。気が付かなかった。
色白の猫なで声。研究者の白衣を着ている。
滝の研究室の写真の若い男は、まさに『白猫』そのものだ。やたらと肌の白い男。どうして気づかなかったのだろう。今まで『白猫』のことなど全く頭の中にはなかったのだ。
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