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第123話

「子供のころのことなので」声が小さくなる。 「そうだね。子どもの方が記憶は消しやすい。でも、実験のことだけじゃなくて君はご両親が亡くなったときのことも覚えていないだろう。それは、僕が消したからだよ」 言葉が理解できなかった。何を言っているのだろうか、この男は。 茶色い目が自分を見ている。広瀬は眼をそらすことができなくなった。息苦しくなってくる。口でも呼吸しようとするが、空気がうまく吸い込めない。 見えないロープで縛られたように手足が動かせなくなり、身動きもできなくなる。 「あの時、君は、その場にいたんだ。覚えていないだろう。ご両親が殺されたその場所に、君はいたんだよ。かわいそうに。ショックで口がきけなくなってた。病院で、君は誰も寄せ付けなかった。怯えきっていて、ずっと震えていて、助けを求めていたんだ。だけど、どうしようもできなかった。だから、僕は君の記憶を消した。君が恐怖に耐えられそうになかったから。君を押しつぶそうとしていた記憶から、君を守ったんだ」 パチン、と何かが頭の中で鳴った。聞いたことのない音だ。 それから、頭の内側から声が聞こえてきた。ぼんやりした音。低音。音楽のような言葉。 「記憶は完全には消せないから、思い出すことはできる。君が、思い出したいと願えば、記憶は甦る。君の両親との記憶は全部君のものだ。いつでも鮮明に思い出すことはできる。どうしたらいいのかは、君が一番よく、知っているはずだよ」

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