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第124話

カチリと音がした。振り返ってドアの方向を見ると東城がリビングのドアをあけたところだった。 いつも通りの優しい笑顔だ。 「帰ってたんだな」と彼は言った。「今帰ったのか?」 「え?」広瀬は聞き返した。 そしてあたりを見回した。家の中だ。ここはリビング。自分はスーツを着て、カバンを持って立っている。 ずいぶん長い間ぼんやりしていた気がする。研究所に行って『白猫』に会って話をして、それから、どこをどうやって家に帰ってきたのだろうか。 時計を見るとまだそれほど遅い時間ではなかった。電車に乗って帰ってきたのか。 「どうした?」と東城がいぶかしげだ。 「いえ、なにも」と広瀬は答えた。「疲れたみたいです」 「そりゃあそうだろう。あんな怪我してるのに仕事して動き回ってるんだから。今日母に連絡したんだ。そうしたら本当は1~2日は安静にしてたほうがいい怪我だっていってたぞ」 頬をなでられた。「冷たいし、顔色、少し悪いな。食事は?」 「えっと、まだ、です。と思います」と広瀬は言った。自分と自分の周りは全て不安定だ。今は、自信が持てない。 「腹減ってないのか?」東城は手を頬から離すと自分の上着を脱いでいく。「用意しようか?」ネクタイをゆるめ、白いシャツのボタンをはずしていく。これもいつもの当たり前の動作だ。 広瀬はうなずいた。 「その前に着替えてシャワー浴びるか?風呂入ってリラックスできればいいんだけど、まだ、湯船につかるのはやめたほうがいいって言われた」 それから彼は広瀬の手からカバンをとり、リビングのローテーブルの上の置いた。 「おいで」と東城は言う。 なんだか自分の意思がはっきりしない。疲労のせいなのか。東城の後ろをついて広瀬は浴室に向かった。

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