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第126話
食事をとったらすぐにベッドに行くように東城に言われた。
ベッドに横たわる頃には元気が出てきている。家って不思議だ。シャワーを浴びて食事をしただけなのに、こんなに体調が変わるなんて。
東城は昨夜と同じように広瀬が痛みなく寝るために布団や枕を整えてくれている。
目の前で動く腕に広瀬は話しかけた。
「今日、タブレット端末の実験の研究者に会いました」
東城は手を動かしながら「そうか。それで?」と言う。
「研究者は俺の記憶を消したって言うんです」と広瀬は言った。
東城は、広瀬にブランケットをかけ、眉をひそめた。「記憶を消す?」
広瀬はうなずいた。そして、『白猫』が言った話をかいつまんでした。滝教授の研究を手伝っていたこと。実験の参加者の追跡調査のため広瀬をタブレット端末の実証実験に参加させたこと。両親が亡くなった後幼い広瀬の記憶を消したこと。
東城は途中でベッドの端に座った。広瀬の話に質問も、遮りもせず聞いていた。
「それで、両親が殺された時、俺は、その場にいたって言っていました。でも、その記憶を消したから、俺は覚えていないっていうんです。そんなことがあるとは思えないんです。あまりはっきりとは覚えていないけど、俺はその時学校に行っていて」
両親が殺された現場にいたことを忘れるなんてありえない。遺体を見た記憶さえないのに。
そう話しながらふと東城の顔を見た。
言葉が途切れる。
彼はこんな話なのに無表情だ。
普通ならもっと何か言うはずだ。研究者の話に疑問を抱いたり、そもそもなぜこんな時に一人で研究所に行くのかと怒ったりするはずだ。だけど、今は何の反応もない。
広瀬の話に関心がないのではない。彼は自分の動揺を隠すために無表情になるのだ。
にわかに広瀬の頭の中に疑念が膨らんだ。そしてそれはすぐに確信になる。
聞いた。「どうしてですか?」
「なにが?」
東城はそう静かな声で聞き返してきた。広瀬にかけたブランケットの裾を何気ない手つきで伸ばしている。だが、その言葉で広瀬にはすべてが分かった。
「知っていて、黙っていたんですね」
東城の気持ちをゆさぶるのなんて簡単だ。こんなに長く二人きりの時間を過ごしているのだ。
彼がどんなことに心を動かすのかはよく知っている。
「知ってたんですね?」と再度言った。
長い沈黙。彼の表情が申し訳なさそうなものに変わる。
東城は「福岡さんが、お前の両親の事件の捜査本部にいたんだ」と白状する。「そこの記録では、お前は遺体のそばで発見されたとなっている」
「どうして、知っていてそれを言ってくれなかったんですか?」
「お前が忘れているんなら、それでいいと思っていたんだ。辛いことは忘れることの方が大事だろ。苦しいことや悲しいことをずっと覚えていたら生きてはいけない」そう言われた。「思い出してほしくなかったんだ。お前は両親が亡くなったとき学校に行っていたと言ってた。その方がましだろう。お前がその場にいるより、学校にいる方が。ほんの数ミリかもしれないけど、その方がましだと思ったんだ。両親が殺されるその場にいることよりは」
彼の優しい目。苦しそうな色もある。彼は広瀬のことを可哀相に思っているのだ。
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