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第127話

「俺は、その場にいたんですか?」と広瀬は聞いた。 「捜査の記録ではそうなっている」と彼は答えた。 「どんなふうに?」 「どんなって」 「どんなふうに、そこにいたんですか?」 東城はため息をついた。「お前は、お母さんの遺体のそばで、うずくまっていた」 広瀬はうなずいた。「そうですか」 本当のことだったのだ。全く覚えていないけれど。どうしてそこにいたのだろうか。なぜ、自分は殺されなかったのだろうか。 「広瀬、だけど、その研究所の担当者の話は嘘だと思う。記憶を消したとかいう話だ」と東城は言った。 「え?」 「その研究者は近藤理事と親しかったんだろう。近藤理事もお前の両親の事件の捜査本部にいた。お前のことを知ることもできたはずだ。今日、お前にそんな話をした理由はわからないが、そいつがお前の記憶を消したなんて信じられない。そんなことできないだろう。人の記憶のある部分だけ器用に操るなんてこと」 広瀬は、右手をブランケットから出し、東城に伸ばした。彼の頬をたどるとそっと手をとり唇をつけられる。いつもと同じ温かさだ。彼は体温が高い。 「そいつのこと調べてみるよ。近藤理事が亡くなったことに関係しているのかもしれないからな。名前は、なんていうんだ?」 広瀬は口ごもった。そういえば名前は知らない。ずっと『白猫』と心の中で呼んでいただけだ。 「知らないのか?」 「タブレット端末を見たらわかると思います」 東城は広瀬の手を握ったまま首を横に振った。「タブレットは見るな。仕事では今まで通り使ったほうがいいが、うちではもう使うな。カバンからも出さない方がいい」 広瀬はうなずいた。 「名前はすぐにわかる」と彼は言った。「俺が調べるよ」 東城はそこで話を終わろうとしていた。広瀬は引き止める。 「東城さん。捜査記録はあるんですか?」 東城はその質問に、広瀬から視線を避け、答えを躊躇した。 「俺の両親の事件の捜査記録です。見たんですか?」 しばらくして彼はうなずいた。「ああ。近藤理事の過去に関係した事件記録は全部今の捜査本部に集められている。ご両親の捜査記録もあったよ」 「そうですか」広瀬は続けて質問した。「別々の部屋で殺されていたんですよね」 「そうだ」と東城は短く答えた。

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