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第129話
ところが、予想に反してその手は制せられた。広瀬の手首を軽くつかむと、東城は下着から手を出してしまった。
「あんまり誘惑するんじゃないよ」と彼は軽く広瀬をいさめ、身体をおこして今度こそ本当に離れてしまった。「お前は今日は寝た方がいい」
「セックスしたくないんですか?」と広瀬はストレートに言う。
東城は困った奴だなあ、というような顔をする。
「元気になったらな。今、お前が痛がって耐えてるの見ながらセックスしたらすごく興奮しそうだ。で、後で自己嫌悪になりそう。だから、早く寝て、よくなれよ。お前が怪我してた方がよかったって思うくらい、かわいがってやるから」
広瀬はあきらめ、ベッドに身体を沈めた。
東城が灯りのスイッチを切る。寝室は暗くなった。
「東城さんは、寝ないんですか?」と聞いた。
「少し、やることがある」
立ち上がる彼の裾をとらえた。ここにいて欲しい。『白猫』の話を聞いた今日は暗闇の中に一人いたくない。これじゃまるで子どもだ。でも、我慢できない。
「どうした?」
彼はベッドの端に戻ってくる。
「一緒に寝ましょう」と広瀬はねだった。セックス抜きでこんなことを言うのは初めてだ。東城は驚いたようだ。こんな弱気を見せたらからかってきそうなものだが、彼は、裾をもった広瀬の手をそっと握った。
「そうだな。今日は、俺ももう寝るよ」
そう言って、手を握ったままベッドに入ってきた。彼の身体が近くなるだけで、布団の温度があがるようだった。
暗いなか手探りで東城の肩に額をつけた。彼はよしよしというように広瀬の頭をなでる。
しばらくそうされていて、「なんか、いやです」と広瀬はつぶやいた。
「なにが?」低い声で聞き返された。
「おくびょうな感じ」
自分でねだったのに、こんなふうに同情されるといやになる。これじゃあとても弱くて臆病な子どもだ。
すぐに東城は広瀬の言葉の意味を察した。「そうかな」と東城が答えた。「本当の臆病者は、自分を臆病だなんていわない」
「そうですか」と広瀬はため息をついた。そんな格言みたいなものはいらない。臆病な弱い人間になってしまったのだ。どうしてだかはわからないけど。
「不安になったり、誰かと一緒にいたくなったりするのは、臆病だからや弱いからじゃないよ。人間は一人きりで生きるべきじゃないんだってこと」
なだめるようにぽんぽんと軽く頭をたたかれた。
「今夜、やらなきゃいけないこと、あったんですよね」そう言いながらもつないだ手は、はなせない。
「お前と寝る方が大事だから。それに弱ってる時にこそそばにいるのが家族だろ」
「え?」聞き返してしまった。
「えって、お前さあ」東城は珍しく口ごもった。広瀬の反応を心配しているのだ。「愛し合ってて同じ家に住んでるんだから、それは家族だろ」
彼は声も手も温かい。
「形にしてることは何もないけど、でも、もうすっかり家族なんだよ。お前と俺は」
独り言のようなささやきだった。
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