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第137話
「デバイスのせいですか?」
「副作用の一つが自殺願望だからな。岩下自身が使ってたデバイスも探したけど家の中からは見つからなかった。死ぬ前に自分ではずしてどこかに捨てたんだろう。デバイスは、岩下に夢を見せていたんだ。死んだ女房や娘と暮らしているっていう過去の記憶の夢を。奴は記憶にとらわれてた。その場に女房や娘がいるみたいにブツブツ独り言言ってたからな。でも、自殺するんだから必要なくなったんだ。死んだら会えるとでも思ってたんだろ。向こうは岩下なんざ待っちゃいないと思うけどな」と元村はぞんざいに言った。
忍沼は、そんな発言をする元村を止めるようなしぐさをした。
「融、いくらなんでも、亡くなった人だよ」
「だから何だよ。お前だって、死んでいい気味だって思ってんだろ」
「心の中で思うのと、口に出すのは別だよ」
元村は肩をすくめた。
忍沼は広瀬にメモリーカードとデバイスは厳重にしまっておいた方がいいと言った。
「あきちゃんを襲った二人組は、デバイスや設計図を探しに来たのかな」
その可能性はある。『白猫』があんなに欲しがっていたものだ。他に欲しい人間がいてもおかしくはない。
だが、そうだろうか。考えを巡らせると、疑問もわく。
あの男は、広瀬の父が広瀬に残したものと言っていた。デバイスがそれなのか?なんとなくつじつまがあわない気がする。
黙って考えていると、忍沼は、壁の大型モニターをリモコンでつけた。
「二人組のデータだよ」と言った。
そこには、わかりにくいが監視カメラのざらついた映像が見えた。
広瀬が運転するSUVの映像。そのしばらく後に、走る車。映像をストップし、画像の処理が行われる。暗い窓の中に二人の男の影がある。
「かろうじてナンバーが分かったよ」と忍沼は言った。それから、画面の横に文字が表示される。「会社所有の車だった。スティンガーセキュリティっていう会社だ」
広瀬はナンバーと会社名を暗記した。
「ホームページもない会社だよ。登記はされてて、業務内容は警備、警護、調査、関連サービスだ。代表者は、青山満行。何者かはこれから調べるね。あきちゃんをおそった二人組の一人がこの青山なのかどうかも」
聞いたことがない名前だ。
忍沼は、資料をプリントして渡してくれた。
渡しながら「ねえ」と聞いてくる。「『東城さん』は、あきちゃんがデバイスや設計図を持っていることを知ってるの?」
「いえ」と広瀬は否定した。
「そうなんだ」忍沼がうれしそうな満足そうな顔をする。東城が知らず、自分が聞いたことに優越感を感じているのだ。
「言った方がいいんじゃないか」と元村が横から口を出す。「あの男お前の彼氏なんだろ。重要なこと秘密にしてると後で揉めるぞ」
「融、そんな余計なこと言わなくてもいいだろ」忍沼は元村の言葉を遮った。
そして、笑顔を広瀬に向ける。「あきちゃん、気にしなくていいよ」それから彼は言った。
「遅い時間だけど、身体大丈夫?二階には休めるようにベッドもあるよ。泊まっていく?」
広瀬は断った。「いえ、帰ります」それから立ち上がった。
忍沼は広瀬を見上げ、残念そうな顔をした。「そう。せっかく来てくれたのに帰っちゃうんだね。でも、また、すぐ会おうね。あきちゃんを殴った二人の男のこと調べて、連絡するよ」
その後、元村の運転で広瀬は自分の家に帰った。
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