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第145話
一度記憶のデバイスを使うと、離れられなくなる。
カプセルを飲むだけで自分が思い出したい記憶を取り戻せるのだ。
両親の殺人のあった夜の記憶は恐ろしいのでできるだけ避けることにした。
思い出したいのは、両親と自分の楽しい時間だ。朝から夜まで、平穏で満ち足りた家。記憶から覚めるといつも幸福な気持ちになっている。
最初のうちは、何度も使うのは危険かもしれないと思ったが、今はそうは思わない。
使っても生活に問題が生じることは一切なかった。
気がかりだった自殺願望もない。むしろ、記憶を取り戻すことによって生きることの価値が増した気がした。自分の過去を鮮明に知るということは、自分を取り戻すことだ。今まで生きていた自分があれば、これからも生きていける。
自分が今後やるべきことも実感できる。
それに、カプセルが効いて記憶が蘇る時間は短く、あっという間だ。時計を見ると、わずか数分だ。
その間に、長い時間の記憶に浸ることができるのだ。
デバイスも前はいちいち歯に装着し、とりはずしていたが、今はそれもしていない。はめたままでも害はないこともわかった。
記憶は広瀬の意思を無視して蘇ることはなく、自分で操作できるのだ。
自分で好きな時に引き出しをあけたりしめたりするように記憶を取り出すのだ。引き出しは勝手にあいたりはしない。
そうすると便利なこともわかってくる。
大井戸署での捜査の途中でみた光景や人の顔、しぐさ、書類の文字などあらゆるものが記憶され、自分の自由にとりだせるのだ。
今までタブレットに記憶させていたことの大半は、もしかしたら不要になるかもしれない。
自分自身が、記憶のデバイスになるのだから、サブシステムは必要なくなる。
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