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第146話

部屋のドアが軽い音でノックされた。 広瀬は自分の部屋のリクライニングチェアに座り、記憶の後味を楽しんでいるところだった。 半分夢のような気分になっていたが、目をあけた。 「はい」と返事をした。 東城がドアをわずかにあけてこちらを見ている。 帰ってきたのだ。いつだろう。気づかなかった。時計を見るとそれほど遅い時間ではなかった。 「入っても?」とドアの向こうから礼儀正しく聞いてきた。 広瀬は手を伸ばす。 もちろんだ。 彼はドアから入ってくると広瀬をみて、それから部屋をゆっくりとみまわした。 スーツの上着は脱いでいるが、まだ白いワイシャツにネクタイ姿だ。 「おかえりなさい」と広瀬は東城に伝えた。 「ただいま」と彼は答える。「この前、部屋の鍵かけてたな」と聞かれた。 「はい。あの、捜査資料持ち帰ることがあって、石田さんがみたらまずいかなと」すらすらと嘘がでてくる。 「そうか」 東城はその説明に納得したようだった。 大きく分厚いクッションのリクライニングチェアの端に腰を下ろしてきた。 外の空気の匂いがする。仕事の余韻を残したその様子は落ち着いて自信にあふれている。 前からどうかと思うくらい自信家ではあったが、今は、仕事や私生活の実績が自信を裏付し、支えているのだ。 本人は自分の変化をわかっていないかもしれないけれど、肉体的にも大人の雰囲気だ。腰回りや肩幅、筋の張った腕。つい惚れ惚れし、広瀬の方がなんとなくむずむずして、じっと見ていられなくなる。彼は男盛りを迎えようとしているのだ。 「今日は、早く帰ってきてたんだな」と彼は言った。 広瀬はうなずく。ちょうど仕事の谷間だ。 こんなとき、前は、処理できていなかった仕事を大井戸署でしていたが、最近は、家に帰って、記憶のデバイスを使いたくなる。自分の時間を楽しんでいるだけだと自分に言っている。

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