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第155話
彼女の父親は記録魔だったようで、日記はどのページも細かい文字で書かれていた。チラシやチケット、レシート、メモが貼ってあるページもある。
「これが、山梨で喫茶店をやっていたころとその後のです」と彼女は言った。
「お店は何年くらいされていたんですか?」
「5年くらいかしら。私が生まれる前頃に初めて、物心つくころにはやめていました」
年齢などを勘案すると、広瀬の両親が殺されたころに店を閉じているようだ。
「喫茶店は失火で閉められたと聞きましたが」
「そうです。火事で、全焼でした」彼女は日記を示す。「ここにも記載があります。さすがに火事の日の後の数日は日記は書いていません」
竜崎はその日記を手に取った。
何日かポカリと空欄になっている。
だが、書き始めた後は同じように細かい文字が書き込まれていた。
「広瀬さんのことは、火事の前に書かれています」と彼女は言った。
「父は、広瀬さんと高校生のころから親友でした。父は、大学を出て、金融機関に勤めたらしいのですが、すぐに嫌気がさして辞めてしまって、その後は、翻訳や評論みたいなことで食べていました。広瀬さんは、父のことを気にかけてくださっていて、仕事を紹介してくれていたようです」彼女はそう言った。
この場合、『広瀬さん』というのは、広瀬の父親の『広瀬信隆』だということが、話を聞いていてやっとわかった。
「こちらの日記に、写真もあります」別な日記帳が開かれる。「喫茶店の開業記念で、撮影したようです」
数人が並んでいる。背景には、喫茶店の看板があった。
そこには、彼女の父親の笹島と広瀬の父の信隆も写っている。
「この日記があることは全然知りませんでした。両親は、私が子供のころ離婚して、私は母のところで育ちました。父にはほとんどあったことがなかったんです。父は喫茶店が燃えてしまったあとは、世捨て人みたいになってしまったそうです。放浪生活みたいな感じで、連絡もほとんどとれなくなって。数年前に父が亡くなったとき、はじめて、この家がまだ残っていることも知ったんです。母は、とっくに家を売っていると思ってたそうです」
彼女は居間の中をぐるっと見回す。
「私が小さい頃のことです。離婚したくせに母は、ふと、父がどうしているだろうと思って、一人でこの家まで来たらしいんです。知らない名前の表札がかかってて、別な家族が住んでいたそうです。だから、てっきりこの家を売ったと思ったそうです。でも、実際は、人に貸していて、父にはわずかですが家賃収入があったみたいです」
「今、この家は?」
「父が亡くなってから、借りている方から連絡があって、引っ越すといわれました。また、誰かに貸してもよかったんですけど、しばらく、私が住んでみようかと思って。それで、家の中を片付けていたら、この大量の日記が箱に入っているのを見つけました。地下の物入れの中にありました」
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