166 / 193
第166話
忍沼は病室のベッドの中にいた。ほぼ全身に包帯がまかれていて、本人かどうかはわからないくらいだ。顔では、右目と鼻だけが、でている。目は閉じていた。
痛々しい様子だ。生きているかいないかもわからないくらい、動きもしない。ベッドサイドのバイタルサインだけが、動いている。
いつも穏やかにしていた忍沼を、こんな風に傷つける必要がどこにあったのだろうか。
元村は、自分も苦しそうな顔をして忍沼を見下した。
「何があったんだ?」と彼は呟いていた。「誰がお前をこんな」
かすかに瞼が動いた。右目がうっすらと開く。目は、どんよりとしていたが、元村のことはわかったようだ。包帯がまかれていない左手が動いた。
人差し指をのばしている。何かを指さそうとしているのか。
「どうした?欲しいものがあるのか?」と元村は聞いた。
だが、ゆっくりと人差し指は横に揺れた。違うようだ。そして、何かを描くように動いている。
しばらくして、文字のようなものを書いていることに気づいた。
元村は、じっとそれをたどっている。繰り返し、同じ文字が書かれている。誰かのイニシャルのようだった。
「わかった。連絡する」と元村は言った。彼にはなにかわかったようだった。
忍沼は、目を閉じた。左手もベッドに落ちる。意識がなくなったのだ。
元村は、手を伸ばして、忍沼の左手をそっとなぞった。
「何の記号ですか?」と広瀬は聞いた。
彼は、広瀬の方をむく。「海外にいる、拓実のビジネスパートナーだ。怪我したことつたえる」と彼は説明した。
そして、今日初めて広瀬を見るような顔をした。「お前、血だらけだぞ」と彼は指摘した。
広瀬は、うなずいた。両手は先ほど洗ったからきれいだが、ワイシャツには血が付いている。スーツは黒いからわからないが、ついているだろう。
「それと、あの医者、警察が来るって言ってたな。お前、ここにいない方がいいんじゃないか?何かと面倒だろう。こいつも俺も前科があるし、お前がつきあうのは不自然だ」
「でも」
「病院も警察も、俺が対応する」
「元村さん、犯人は」
「拓実をこんなにした奴は、絶対に許さない」彼はこぶしを握っていた。「必ず見つけ出してやる」
「手がかりはあるんですか?」
「拓実の、海外のビジネスパートナーに手伝ってもらって探す」と彼は言った。それから、再度、広瀬に病室を出た方がいい、と言った。
渋る広瀬に、「動きがあれば連絡するから」と約束し、押し出した。
ともだちにシェアしよう!