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第190話
両手が血まみれだった。両親の、忍沼の。
それから、もう一人。考えられないくらい大事な人。
手を見ることができない。洗い流すこともできない。
頭の奥で、じりじりと鳴っているのは、自分の悲鳴だろうか。
「広瀬くん」何度か呼ばれた。
身体中が重く、瞼をあげることさえ難しい。身体を丸めてじっとしていたい。
また、呼びかけられる。
ここはどこだろう。狭い暗い場所だ。息ができない。
促されて目を開けた。目の前には『白猫』がいた。
なぜ彼がいるのか、とか、今、自分がどうなっているのかといったことは、考えられなかった。
「かわいそうに。彼らは、君を捕まえて、ひどい目にあわそうとしてるよ」と声は言った。「君は正しいことをしたのに」
『白猫』がそう言っている。
パチンと耳元で音がする。あの、知らない音だ。
「ここにいる必要はないよ。一緒に行こう」と彼は言った。「僕についてきてくれれば大丈夫」
『白猫』はそう言った。
広瀬は眼をとじた。それから暗がりの中に落ち込んでいった。
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