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第4話
あの後、寝室に戻ったので、ソファーの下着のことは本当にどうでもよく、忘れていた。広瀬もそうだったのだろう。
こんなふうに、家の中に服や下着が入っているとすることは今までもあったのかもしれない、と思う。石田さんはそのあたり気にせず、さっさと洗濯して片付けてくれるが、広瀬が知ったら、また、嫌がりそうだな、と東城は思った。
とりあえず、下着は寝室にあったことにしよう、と思った。
広瀬がさっぱりして着替えて出てくると、東城は入れ替わりで入った。シャワーを浴びながら、ふと、浴室の鏡に自分の肩から背中にかけて何箇所かあざのようになっているのが映った。
広瀬が、夕べつけたのだろう。かなり濃いあともある。どういう体位になったときにつけたのだろうか、と東城は思った。軽く噛まれた記憶があるからあの時だろうか。
シャツを着ると、キスマークは全く見えなくなる。まあ、そんなきわどいところにつけるような性格ではないのだ、広瀬は。
キッチンに行くと、既に石田さんが帰ってきていた、朝食をこしらえている。
広瀬は、ダイニングテーブルに座って、石田さんの手際にみとれていた。広いキッチンで、石田さんが段取り良く朝食を作っている。
野菜や果物があっというまに皮をむかれ、きれいに切られてもりつけられる。その傍らで、ミキサーがまわり、かぼちゃベースのスープが作られていく。
たまごやベーコン、ハムがどっさりと焼かれて皿につまれた。薄いパンケーキが次々にできあがり、あたためられたロールパンもうつわにのせられて、ダイニングテーブルにいる広瀬の前の置かれる。
コーヒーマシーンが音をたてている。良い香りが部屋に広がっていた。
実際にこのキッチンが稼動しているのを見るのは久々だった。だいたい、東城も広瀬も、料理はしない。いつもは石田さんが作ってストックしてくれたものを温めるだけだ。動いているのは電子レンジと食洗器くらいなのだ。
広瀬は、うっとりして、自分の前に並んでいく朝食をみている。
石田さんが、自分の指をくわえそうな広瀬に「できたものから食べていいですよ」というと、うれしそうに、パンケーキを3枚ほどと目玉焼きをとっている。
「男をつかまえるには胃袋って、ほんと広瀬のためにあるような言葉だな」と東城はいった。そして、自分はマグカップにコーヒーを入れて、テーブルにつく。
広瀬は、石田さんが作ってくれたフレッシュな野菜ジュースを飲んでいる。「美味しいですよ」と彼は言った。
石田さんはご機嫌だ。「広瀬さんはいつも正直にそういってくれるから、うれしいわ。弘ちゃんは、野菜も食べてね」後の言葉は東城にむけられている。
「もう、子供じゃないんで、野菜もちゃんと食べてるよ」と東城は、自分の皿にサラダをもりつける。ついでに、広瀬にもとりわけてやった。
「あら、いつから大人になったの?」と石田さんは笑いながらいった。
広瀬も、それを聞いて笑っていた。穏やかな秋の朝だった。
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