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第14話
「よく読めますね」
「福岡さんの字が壊滅的に汚くて、読んでいるうちにわかるようになったんだよ」と彼は自分の上司のことを言った。「コツがあるんだ。象形文字を読むみたいな。そういえばお前、字がきれいだよな。昔はこんな字だったのに」
「伯母さんに落ち着きがないからって、習字習いに行かされましたから」
「よくおとなしく座って習ってたな。お前らしくもない」
「習字は好きでした。同じ文字をずっと書くんです。何枚も、好きなだけ」
「そっちな。言われてみれば、お前向き」東城は、まだ文字を見ている。「多分、これ『ちきゅうぎのびーのご』だな。『地球儀のB-5』」そして、顔をあげる。「なんだ?『地球儀のB-5』って?」
広瀬にもわからない。
「倉庫の箱の中に地球儀あったか?」
「ありません。もっていたかどうかも覚えてません。そもそも、意味があることじゃないのかも」
子どもが書いたたわいもない文字の羅列だ。気にすることもない。
広瀬は、写真たてにきちんと写真をおさめた。
背後に湖と山が見える旅行先の写真のようだ。父親と優しそうなかわいらしい母親と、幼い広瀬自身がうつっている。
両親はカメラに向かってにこやかだったが、広瀬は、無表情で、視線は別なところにある。心ここにあらずといった風情だ。子供の頃の広瀬っていつもこんな感じだったんだろうな、と東城は思った。
父親の信隆は広瀬に顔は似て、非常に整っていたはいたが、雰囲気はまるで違っていた。聡明そうな目をして自信にあふれている。白い歯を見せた明るい笑顔だ。
写真の中にいるのはどこから見ても幸福な家庭だ。まさかこの後この二人が無残に殺されるとは想像もできない。
東城は、広瀬の父の笑顔を見た。
彼の人生は、文字通り順風満帆だっただろう。エリートの警察官僚だった広瀬の父親。
充実した仕事、約束された将来。もう一人のこれから生まれる子供を待ち望む温かい家族。
殺される時、さぞかし無念だっただろうな、と東城は思った。愛する妻を守ることもできず、幼い息子の成長を見ることもできない。
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