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第32話
岩下教授の家は暗く闇に沈んでいる。岩下教授には家族がいない。
田舎の遠い親戚がいるようなことを近所の人が言っていた。いずれはこの家は処分されるのだろう。
街灯がわずかに照らしているが、庭木の向こうは闇だ。近隣の家も、灯りを消して寝静まっているところが増えている。
静かな夜だ。
今度は、別方向を回ろうとしたときに、影が走った。
岩下教授の家の塀から、人影がふわりと飛び降りたのだ。影は細く小柄で、音がなかった。
広瀬は、すぐにそれを追った。すると、それは振り返りもせず、走り出した。かなり速度が速い。
東城が後ろから、別な道で追うと言っている。広瀬は、返事はせず、ただ、影を追った。
走っていった先には坂道があり、細い階段があった。駆け降りるころに人影を見失った。息切れする。走って追うのは苦手ではないだが、むこうはかなり足が速く、体力があるようだ。そうはいっても、人間の足だ。まだ、それほど遠くには行けていないだろう。
意識を巡らせてさらに進んだ。目と耳、匂い、空気の動きを感じようとする。
木々にかこまれた公園があった。あまり手入れされていいない木々に覆われた道があり、曲がって坂になっている。街灯もほとんどなく、暗い。
右手の方向からかすかに物音がした。警戒しながらそちらの方にむかう。
急に、上から音もなく何かが飛び降りてきて背後に立った。
ヒヤリとしたナイフが首に当たる。ビリビリするような明らかな殺気だ。
広瀬は、全身を硬直させた。
「歩け」と背中で小さい声がした。「もう一人の男に捕まったことを伝えろ」隙は全くない。
声の主に押されるようにして広瀬は歩き、ガサつく灌木の中を分け入った。
木々を抜けた細い道に東城はいて、振り返った。
「お前、」東城は驚いたようだが急に動きはしなかった。
ナイフの人物は背後に立った様子からは、広瀬より少し小柄なようだ。先ほどの声からすると男だろう。
広瀬が隙を伺うために動こうとすると、ナイフがぐっと首に押される。「動くな」と男は言った。
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