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第41話
東城がそちらに駆け寄ろうとすると、とめられた。
「寝ているだけだ、そう血相をかえるものじゃない」
見ると、確かに、広瀬の呼吸はおだやかで、シャツもきている。
東城は男の方を見た。相手は値踏みするように自分を見ている。
「君は、彰也のお父さんの命日に墓地いたな」といわれた。
「よく、覚えてますね」と東城はいった。
ほんの一瞬すれ違っただけなのに。もっとも、男のことは東城も覚えていた。面倒そうな人物だと思ったのだ。
あの予想は的中したということだ。
「君は目立っていたし、あのような家族の大事な場にいるのは違和感があった。誰だろうかとずっと思っていた。それで、今日、彰也に聞いた。彰也は自分のことを話すのが苦手だから、酒とちょっとした薬の力は貸してもらった」
ちょっとした薬って、それを飲ませるって、かなり危ない奴じゃないか。
どうして広瀬はこんな男を「オジサン」とか呼んで信頼しているんだ。人を見る目が、ゼロどころかマイナスだ。
「それでこの部屋に連れてきたのですか?」
「そうだ。思ったより薬が効いて、眠そうにしていたし、君を呼ぶのにはちょうどいいだろう」
「なぜ、自分を呼んだんですか?」
男は、椅子に座り、東城にも勧めてきた。机の上にはバーボンの瓶とグラスだ。
広瀬は、バーボンを飲むようになったのは「オジサンたち」の影響だと以前言っていた。この男の影響だったのだとわかる。
「同じもの飲むかね?」と聞かれたが、断った。
彼は、「君に薬を飲ませたりはしない。無理やり聞き出すことは何もないからな」と真顔で言った。「座りなさい。彰也は当分起きない」
すぐには帰られそうもない。東城は男の前に座った。
男は言った。「私は、彰也の父親の友人だ。彰也の父親代わりのようなものだ。彰也は君と一緒に暮らしているそうだな。最近、彰也が引っ越したと聞いた。高級住宅地の一軒家という届けが出ていたから、不思議に思ったんだ。あの家は君の家なのか?」
「そうです。自分の家です。あなたは、警察庁の方ですね。広瀬が、『オジサンたち』と呼んでいる」と東城は逆に聞き返した。
男は眉をあげた。有名な自分のことを知らないのか、と、意外な顔をしている。
知るかよ、と東城は思った。お偉いさんだからってこっちが畏れ入って覚えるなんてことあるわけないだろう。警視総監ならかろうじてわかるだろうが、それ以外は知らない。
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