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第42話
男は、自分の役職と橋詰、という名前を名乗った。東城が会ったこともない、今後も仕事では会うこともないような高級官僚だ。
「彰也の父親が亡くなった後、私は彼の成長を助けて、守ることを墓前に誓った。彰也の幸福に責任を感じている」
俺にいちゃもんつけるために呼んだのか。
「広瀬をおこして連れて帰りたいのですが」と東城は言った。
じっと見ていると広瀬の長い重そうな睫毛がゆれた。声をかけて揺さぶれば起きそうだ。
「目が覚めるまで待っていたまえ。なんなら、ここに君も泊まるといい」
東城は首を横に振った。「遠慮します」と言った。「広瀬もここに泊めるつもりはありません」
橋詰は東城にストレートに質問してきた。「君は、彰也を抱いているのかね?」
東城もためらわなかった。
「はい」と答えた。
結論を早くして、もめるならそれでもいいと思ったのだ。
橋詰は東城の回答を十分予測していたのだろう。うなずいた。「うらやましいことだな。彰也は、どんなんだね?」
その問いには東城はこたえられない。
橋詰は、いとおしそうな視線を広瀬にむける。
「こんな美しい生きものを手に入れることができるとは、本当にうらやましい」と彼は言った。
東城は膝の上に置いたこぶしを握った。
橋詰は軽く笑った。「安心しなさい。私は、彰也をどうこうしようとはこれっぽっちも思ってない」
「広瀬は、あなたのことを信頼して尊敬しています」
「それはそうだろう。大事にしているから。私には子供がいないが、もしいたとしても、彰也以上に大事にすることはないだろう。それで、君と彰也は、どうやって始めたのかね?彰也が君を誘ったのか?」
「俺が彼に付き合ってほしいと頼んだんです」
親友の遺児を大切に思っている橋詰は、自分に身を引くように言うつもりなのだろうか。まあ、相手が誰であれ、そんなことを聞くつもりは全くないのだが。
「そうか。君は勇気があるな。いろいろな意味でね」と彼は言った。
そして、話を続ける。「広瀬の父親の信隆と私は親友だった。信隆が亡くなった後、残された彰也の成長を見守ることが私の人生の目的だった。彰也が大分に引き取られて行ってから、何度もこの子に会った。あの頃、彰也はまだ幼くて、何が起きているのかわかっていない頑是ない子供だった。それに加えて、彰也は、本人はそれほど苦にしていないが、周囲になじめず課題も多かった。顔かたちが整いすぎて表情が薄いから、人間的な要素が欠けているように見られて、誤解もされやすかった。大学を出るときに警視庁に勤めるように勧めたのは私だ。私なら社会に出る彼を守ることができるからだ。多少の問題行動は、私の力でなんとでもなるからな。私の庇護下で、彼の好きそうな仕事をこなしていけばいいと考えていた。実際、彰也は、些細な衝突はあったようだが、今の組織の中で、平穏に生活しているようだ」
橋詰は、視線を手の中のグラスに落とす。大きな氷がくるりとまわり、琥珀色の液体が揺れた。
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