43 / 193
第43話
「彰也は、あの美貌だ。あの子に個人的に深く関わりたがる人間は男も女もそれなりにいたようだ。だが、私が知る範囲では彼が誰かを受け入れ、想いを返したということはなさそうだった。ずっと、彰也は、感情が高ぶったり、誰かに恋をしたりすることなどないと思っていた。こんなに長い間見守っていたのに、誤解していたようだ。あの子は、ここのところ急に、長い眠りから覚めたように生き生きとし幸福そうにしている。今まで以上に、美しく人を引き付けるようになっている。その原因を、私が知りたく思ったのは、当然だろう」
「広瀬は、今の職場では十分なじんでいますし、人間的ですよ。仲の良い友人もいますし」
「君が彼を変えたんだろう?」
「人を変えることができるような力は俺にはありません」
「自信家のように見えるが、優等生な発言だな。君は、私を敵だと思っているようだが、それは違う。単に、君に興味を持っているだけだ」
「そうですか。関心を持っていただいても、とりたてて自分からお伝えすることはありません」
「君のことは、よく調べることにしよう」
そして、ため息をつくと橋詰は驚くようなことを言った。
「私はね、彰也の父親の信隆が好きだったんだ。信隆のことは学生の頃からよく知っていた。少し後輩だったが、彼を尊敬もしていた。彼は、ずば抜けて頭がよかった。天才だった。性格もよくて、明るくて、責任感が強くて、誰からも好かれていた。しかも、今の彰也にそっくりで、とても美しかった。初めてあったとき、彼は、大きな満開の桜の木の下に立っていた。あの時の彼は、この世のものとは思えない美しさだった。私は信隆に恋をして、彼と寝たいと思っていた。彼を自分のものにして、彼からも愛されたかった。彼が結婚してからも、そう思い続けていた。だが、私は臆病者で、勇気がなかった。自分の想いを伝えることができなかった」
橋詰はグラスに口をつける。
「もし、私が彼に自分の思いを伝えたとして、信隆は、私と同じ気持ちにはならなくても、私の気持ちを否定したり嫌悪することはなかっただろう。彼は、そういう男だった。だから、いつか伝えよう伝えようと思っていた。あんなふうに信隆が死んでしまって、どれほど後悔したことか。彼が死んだと聞くその瞬間まで、まさか、彼が私の人生から消えていなくなんて想像もしていなかった。彼が死んだときには後悔と絶望しかなかった。私にとっては、信隆は完ぺきだった。彼のような人間は二度と現れない」
東城は、写真で見た広瀬信隆を思い出した。
自分の能力に確固たる確信がある人間のようだった。傲慢な感じはなかった。彼を好きになる人間は大勢いただろう。
だが、その優れた父親がなぜ子供を使って人体実験をさせ、殺されたのだろうか。橋詰は、広瀬の人体実験のことをしらないのだろうか。
橋詰は続けた。
「だから、君は勇気があると言ったんだ。そして、うらやましいとね」
ともだちにシェアしよう!