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第48話
部屋着に着替えて戻ると、ダイニングのテーブルの上に大きな平たい皿にご飯とカレーライスが山盛り待っていた。
「カレーライス、東城さんが石田さんにリクエストしたんですか?」と聞いた。
「いや、それが違うんだ」と東城が言いながら冷蔵庫から瓶を2つもってきてみせてくれた。
「自家製の美味しい福神漬けとラッキョウ漬け持ってきたから、カレーにしたらしい」
なるほど、と広瀬は納得した。
一口食べると思わずうーんとうなってしまった。
完璧なカレーライスだ。辛いのにちょっと甘めで、カレーなのに異国のくせのあるスパイシーさがない。
くせのあるスパイスは店カレーであって家カレーは和食なのだ。スパイシーじゃないけど、コクがある。
何か隠し味を入れているのだろう。ゴロゴロした肉は柔らかい。具は全部舌の上で溶けてしまう。
しばらく無言で食べ続け、皿の上の大盛りカレーはすぐになくなる。
「おかわりあるけど」と東城に言われた。いつのまにか自分のことを面白そうにみている。
「なんですか?」
「いや、子どもみたいに食ってるなって思って」
手近にあった紙ナプキンで口を拭う。特に顔を汚しているわけではない。
「おかわりする?」ともう一度聞きながら、彼は既に立ち上がっていた。当然だろう、と皿を渡した。
東城が大盛りにしたカレーライスをもってくるまでの間、広瀬はサラダを食べていた。
「お前が何か食ってるところ見てると、幸せな気分になるよ」と東城は言った。「石田さんが作りがいがあるっていう理由がわかる気がする」
広瀬の前にカレーライスの皿が再びおかれた。広瀬は、ライスの上にラッキョウと福神漬けをのせる。
「食べるって大事だよな。お前のその細い身体のどこに大量のカレーライスがいくのか不思議だけど」
「東城さんはもう食べないんですか?」
広瀬はカレーにスプーンを入れた。
東城はラッキョウをつまんでビールを飲んでいる。
「俺はお前ほど燃費悪くないから」と彼は言った。「身体のつくりが効率的なんだよ」
「いっぱい食べるのは美味しいからです」
今度はさっきよりゆっくり食べることにした。味わって食べよう。
カレーライスを口に運んでいると、東城が何か話しかけてくる。
無意識に見ているとビールを飲む彼の喉がうごく。グラスに唇が付き、ビールの泡を飲みながらラッキョウ漬けを口に入れてこりこり食べている。
白いつるんとしたラッキョウが彼の口の中に入り、かみ砕かれていく。
彼は、話しながら、飲んで食べている。
良く働く口だ。
そして、太い首の下、薄いTシャツの中には厚い胸板ときれいに割れた腹筋があるのだ。何度も触れているのでその体温も肌の感触もよく知っている。硬いけれどしなやかにうごく。筋肉の張ったたくましい腕がシャツからでていて、大きな手がフォークを持っている。そのフォークが、白いつやつやのラッキョウをまた刺している。指先に力を入れて、くっと動いている。
スプーンを口入れてカレーを食べながら、彼のフォークと指先の動きをじっと見てしまった。
「あのさあ」と東城は言った。
広瀬は、はっとなる。顔を見るとにやにやしていた。
「話聞いてる?」
「なんですか?」
「俺も、お前にカレーかけられて食われそう」とからかってくる。
「美味しいものしか食べません」自分が考えていたことを読まれたので、恥ずかしくなるのをごまかして広瀬はカレーに目をおとした。スプーンで残りのカレーをよせてすくう。
「あ、そう?俺は十分上手いと思うけど」と東城は言った。
広瀬もラッキョウと口に入れた。ぷちっとして甘酸っぱい。
東城の話しは、たわいもないことだった。
今度本館で行われる一族のパーティーの話だ。毎年来ていたなんとかいう政治家が今回の選挙で落選したため、別の政治家も呼ぼうとしている人がいて、それはそれでもめているらしい。
そのもめごとを東城が面白おかしく話している。噂話として聞けば笑ってしまうような話だ。だが、調整役は大変そうだ。頼まれごとに嫌と言わない東城が、将来的に一族のその手のパーティーの調整役を頼まれるのではないかという予感がする。
カレーを食べ終わってしばらくしてから、広瀬は口を開いた。「今度、山梨に行ってみようかと思います」
東城はうなずいた。「いつ?」
「次の休みにでも」
「俺も休み合わせるよ。せっかくだから夜に行って一泊しよう。宿は俺がとる」
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