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第50話
仕事終わりに待ち合わせをし、東城が運転する車で夜の高速を走った。都内の明るい夜景が徐々になくなり、車は静かな山間に入っていった。
東城は新しいガイドブックを買ってきていた。
同じ出版社のものだがずいぶんと体裁は変わっている。広瀬は助手席で新しいガイドブックと古いガイドブックを見比べた。
「今晩泊まるのは70年近く前からある老舗ホテルだ。湖の近くで、部屋からは富士山が見えるらしい」と彼は言った。「20年以上前、お前の両親とお前が泊まったホテルだ」
「高そうなホテルですね」と広瀬は言った。「俺の両親、こんな高級ホテルに泊まったんですか」
「そのガイドブックの丸が泊まったっていう意味ならな。普通は、泊まるところをチェックするとは思う。他に宿泊施設に印はついていない」と東城が答えた。
たどり着いたホテルからは確かに湖が見渡せた。明日は曇りか雨だろうから、富士山はみられないだろうと、残念そうにホテルの人に言われた。晴れたら本当にきれいなんですがね、と言っている。山の天気は変わりやすく難しいのだ。
ホテルは3年前に全面改装したということで外観は重厚で時代を感じさせるが、内部はすっかり新しかった。
案内された部屋は最上階にあるスイートルームだ。こんなに夜遅くついて、明日の朝早く出るにしては豪華な部屋だ。そういえば以前一緒に泊まったホテルもスイートだった。
もしかして東城はこういったスイート以外にもっとリーズナブルな価格の部屋がホテルにはあることを知らないのだろうか、と広瀬はふと思った。
さすがにそこまで雲上人でもないとは思うが、気になってそれとなく聞いてみた。さりげなく聞いたつもりだったが、結構ストレートな質問になってしまったらしい。少なからずむっとされた。
「あのなあ」と東城にため息をつく。「お前は俺を何だと思ってるんだ。どっかの国の世間知らずのアホな王子かなんかか。普段忙しいお前とせっかくホテル泊まるから、いい部屋をとってるだけだろ」と言われた。「金はかけるべきところにかけてるだけだ」
「そうでしたか」と広瀬は言った。
当たり前だった。聞かなきゃよかった。これでは質問した自分の方がぼんやりな「アホな王子」のようだ。
でも、いい年をして自分を王子に例えるというのは、それはそれでどうなんだろうかとも思った。さらにむっとされそうなので本人には言わなかったが。
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