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第58話

警察庁の「オジサンたち」の一人の橋詰から連絡が入ったのは翌日だった。橋詰は忙しいらしく特別に会うことはできず、電話だった。 さらに、その日の夜、職場を出るときに忍沼から連絡があった。 「会って話がしたい」といわれ、広瀬は同意した。 待ち合わせ場所は、忍沼が指定してきた。 そこは、上野の古いビルの地下にあるバーだった。ジャズが静かに流れ、カウンターに座る人たちはヒソヒソ話をするか、あるいは無言だ。誰も他人には関心を示していなかった。 忍沼は、ここでも酒は飲まずアイスミルクを頼んでいた。バーテンダーが不思議がらずすぐに出したところから見ると、何度か来ている店なのだろう。広瀬は、バーボンのロックを頼んだ。水も一緒に頼んでおく。忍沼と二人きりの時にあまり酒は飲まないようにしようと思った。 「この前はごめんね」と開口一番で忍沼が言った。「融のこと、驚いただろう。融は、警戒心が強くて、ついあんなことをしちゃうんだ。慣れればおとなしいんだけど」 「いえ」と広瀬は答えた。「こちらも、急に追いかけたりしたので」 忍沼は広瀬のその返事に率直にほっとしていた。 そして、苦笑いをしながら言う。「そういえば、あの時、『東城さん』、ものすごく怒ってたね。融と取っ組み合いの喧嘩になったら大変だと思ったよ」 「あの」と広瀬は聞いた。「東城さんを知っているんですか?」 忍沼はアイスミルクをストローでかき混ぜる。 「あきちゃんとルームシェアしてる人だろう?それと、あきちゃんと同じで、刑事さん。実際にはああいう人だとは知らなかったけどね。血の気多そうな人だね」 なぜ東城を知っているのかは聞かなかった。忍沼は正直には答えなさそうだからだ。 「あきちゃん、それでね、今日は、教えてほしいことがあって連絡したんだ。岩下教授の事件を止めた警察庁の人が誰か、教えてくれないかな」と忍沼が言った。じっと広瀬を見てくる。「橋詰さんに、教えてもらったんだよね?」 忍沼の声はいつも通り穏やかで平板だったが、広瀬は、血の気が引く感じがする。グラスを持つ手がこわばった。 「どうして、それを?」と広瀬は聞いた。なぜ、橋詰からの知らせを忍沼が知っているのだ。これは、尋常なことではない。 「なんとなく、そろそろ広瀬くんが橋詰さんから教えてもらっていてもいい頃だと思って」と忍沼は答えた。 「うそ、ですよね?」橋詰から連絡があったのは、まさに今日なのだ。 「本当だよ。僕は絶対にあきちゃんに嘘はつかないよ」そういう忍沼は真顔だ。「でも、そうやってあきちゃんがいうってことは、本当に教えてもらったんだね。僕はね、あきちゃんが岩下教授や実験のこと調べるのを手伝いたいんだ。僕たちは、仲間なんだよ。教えてほしい。橋詰さんは、誰だと言ってたの?警察庁の誰が、圧力をかけたんだい?」 広瀬は迷った。橋詰に告げられたその名前が意外だったからだ。そして、忍沼を信じてよいか未だにわからなかったから。 忍沼が実験の被験者だったことに嘘はなさそうだ。そして、実験のことを追求しようとしていることも。岩下教授の死やその周辺で起こった自殺のことも、広瀬以上に知っていそうだ。 忍沼と組めば、もっと多くのことが分かるだろう。彼が言うように、両親の殺人事件のこともわかる可能性は高い。 迷いながらも、広瀬は、忍沼に橋詰から教えられた名前を告げた。

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