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第60話

しばらくは広瀬も腹が立っていた。 忍沼が犯罪者だったことはわかる。今でも何か違法なことはしているのかもしれない。 だけど、頭ごなしにああ言われる筋合いはない。東城は広瀬の上司でもなければ親でもないのだ。 頭にきながら風呂に入り、出た後で冷たい水を飲んだ。 すると、だんだん、気持ちが落ち着いてきた。腹が立っていたさっきまでは別室ででも寝ようかと思っていたが、階段を上がると二人の寝室のドアに手をかけた。 寝室の灯りはついていた。東城はベッドで横になり、目を閉じていたが、眠っていないことは広瀬にもわかった。壁の方を向いてしまって、こちらには背を向けている。 広瀬は、東城の横に入り込んだ。そして、彼の肩に顔を寄せた。 「東城さん」と呼びかけると、ピクッと動いたがこちらを向きはしなかった。 広瀬は、彼に言った。「すみませんでした。でも、忍沼さんとは、これからも会うとは思います。彼は、俺にはまだよくわからないけど、悪い人ではないです」 東城は、じっとしている。 「それに、もしかすると、近づけるかもしれないんです。なにか、実験のことや両親のことがわかるかもしれない。もう少し、このまま待ってください」 自分がしたいことをするのに、誰かに頼んだのは初めてだった。 何かをしようと思って今まで一度も許可や同意など得たことはないのだ。好きにしていて、邪魔するものは排除するか無視するかしていた。 でも、東城にはそうはしたくなかった。 「だから、」と言ったら彼が急に身体を起こし、広瀬の手を引いてこちらをむいた。 じっと自分を見ている。駄々っ子のようなふてくされたまなざしはかわらないが、両腕で抱きしめてきた。 「いいよ、大丈夫」と彼は言った。 まだ、怒っている声だった。だが、広瀬を抱く腕は優しかった。

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