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第66話

手を伸ばせば小さな冷蔵庫がある。壁や天井は染みだらけで、窓の外からはかすかに居酒屋から漏れるBGMの音が聞こえてきた。 忍沼は、コップに先ほどコンビニで買ったお茶を入れてくれた。自分は牛乳のパックを開けている。 「風邪で寝てたから、ご飯食べてなくて」と彼は言った。「おにぎり食べながらでもいいかな」 広瀬はうなずき、自分もおにぎりを口にした。ビニールを取りはらうパサパサという音が部屋の中でしているのがやけに気になる。 「それで、どうしたの?」 「研究所の近藤理事が、行方不明です」と広瀬は正直に答えた。 忍沼の目が見ひらかれた。驚いたようだった。「へえ」と彼は言った。 「忍沼さんは、ご存知なかったのですか?」 「何を?」 「近藤理事の行方不明のことです」 忍沼は、首を横に振った。そして、わずかに楽しそうな様子を見せた。「あきちゃん、僕が近藤になにかしたと思ってるの?」 「はい」と広瀬は答えた。「可能性はあると思います」 「そう。確かに、この前、岩下教授の事件をもみ消したのは近藤らしいとあきちゃんから聞いたけど、それからすぐに、彼をどうにかできたりはしないよ」 「そうでしょうか?」 忍沼はおにぎりの残りを口に入れた。「それで、今日、近藤の周辺がばたばたしてたんだね」と彼は言った。「あきちゃんから近藤のことを聞いて、確かに調べ始めてた。研究所とか自宅とかね。自宅に複数の人が入っているけど、あれは刑事さんなのかな。行方を捜してるんだ」 「近藤さんのことを調べていたのですか?」と広瀬は聞いた。 「もちろんだよ。だって、僕たちは、実験の首謀者のことや君の両親の殺人犯のことを調べなきゃならないだろ。君から近藤のことを聞いて、情報を集めだしてはいたよ。でも、いきなり近藤をさらったりはしないよ。それに、僕、先週から風邪ひいてて、今、やっと治りかけてるんだ。ちょっと前まで熱と咳で全然動けなかった」

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