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第72話
忍沼の部屋を出た広瀬は、駅に向かいながらスマホをとりだした。
着信が複数入っている。まず橋詰に電話を掛けた。しばらくコールした後、橋詰が電話に出た。
「彰也か?」と聞かれる。
「はい。電話が遅れてすみません」
「この前、私がした近藤の話は、誰かにしたのか?」
岩下教授の事件について、近藤が圧力をかけたと橋詰から教えられた。そのことを言っているのだろう。
とっさに「いえ」と嘘をついた。
「そうか。東城君には話したのか?」
広瀬は答えに詰まる。
すると問い詰めることなく橋詰が言った。
「まあ、いい。近藤が行方不明になっている。特別に捜査チームが編成された。東城君がそのチームに入るように、私が取り計らった。だから、彰也から話を聞くのも、チーム内で情報を得るのも同じことだろう。それで、だ、彰也。今後は何もするな。岩下教授のことは、もう追うんじゃない。考えてもいけない。全て、忘れなさい」
「橋詰さん、近藤さんは、どこに?」
近藤は、広瀬の警察庁の『オジサンたち』の一人だ。
橋詰と同じように広瀬に優しく、サブシステムの実験に参加させてくれたのも近藤だった。
広瀬がああいうシステムのことが好きだろうと言ってくれたのだ。
岩下教授の事件に圧力をかけてきたという話には驚いたが、大学生のころから親しい『オジサン』であることに変わりはない。心配するだけでは何の役にも立たないが、心底心配だ。
「わからない。今、捜査チームが探している」
橋詰は、近藤のことも探すな、と広瀬に何度もくぎを刺し、電話を切った。
東城にも電話をしたがすぐに留守電に変わった。広瀬は伝言を残さなかった。
忍沼の家の最寄り駅に着いたが終電は出た後だった。広瀬はタクシーを待つ列に並んだ。
酔った男たちが数人で、楽しそうに話をしている。みなそれぞれの家に向かうのだろう。終電後にも関わらず駅前は店の灯りが漏れあふれていた。
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